ストリートチルドレン

ストリートチルドレンを考える会
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路上の子どもたち 悲痛な叫びは社会への警告

毎日新聞2008/02/10 オピニオン「発言席」記事より一部転載 *オリジナル版
      
工藤律子(ジャーナリスト)
 仲間と運営するNGO「ストリートチルドレンを考える会」のホームページの掲示板に何年か前、高校生の少女が、よくある質問とは少し違う内容の書き込みをした。
 自分は将来、福祉関係の仕事がしたいと思い、ストリートチルドレンのことも気にかけている。今はまず家出をしている同級生の力になりたい。そんな内容だった。その後の対話の中で、私は彼女の友人が父親に虐待を受け、家を飛び出し、ネットで知り合った男性の家に居候していると知った。彼女はその友人のために、相談先や施設を探しながら、偶然目にした私たちの団体のホームページに、何か情報がもらえるかもしれないと、書き込みをしたようだった。このとき私は、以前から気になっていた問題が身近な事実として突きつけられたと感じた。
 「ストリートチルドレン」に関する国際人道問題独立委員会の報告が日本で書籍として出版されたのは、1988年。以来、世界の都市の路上に生きる子どもたちの数は減るどころか、かつてはそうした子どもの姿がなかった旧社会主義圏でも見られるようになった。今は恐らく一億人を越える子どもたちが、何らかの形で路上を主な生活の場にしているだろう。
 前述の書籍の中で、当時 TBSディレクターだった堂本暁子・現千葉県知事は、彼らと比較して日本の子どもたちのことを、「隠れストリートチルドレン」と呼んだ。画一的な管理・競争社会に生きることに苦しむ日本の少年少女たち。彼らは「ストリート」に出る自由さえ持たないストリートチルドレンだ、と言うのだ。心に傷を抱えていても、じっと耐えるか、不登校、いじめ、非行、薬物乱用、プチ家出、自殺といった形で痛みを解消することしか許されない。その苦しみは年々深まるばかりだ。先の高校生との出会いは、そんな現実の一端を示していた。
 私はラテンアメリカやアジアの都市で18年間、路上に暮らす小さな友人たちを見つめ続けてきた。NGOの仲間の中には、日本のいじめや自殺の問題を調査する人もいる。そんななか、20年前に危惧された状況が、経済のグローバリゼーションとともに、「第三世界」のみならず「先進国」でも益々深刻化していることに、危機感を抱いている。 
 戦争地域を別として、「ストリートチルドレン」と呼ばれる子どもたちはほとんどの場合、親や家族を持つ。その親や家族のそばに居場所をなくしたために、路上へ出ている。「第三世界」では多くの場合、それは貧困家庭の子どもだが、経済的貧困そのものが子どもを追い詰めるのではない。世界的な経済成長の波に乗ることのみが幸せへの道だと思い込まされ、焦り、余裕をなくし、「心の貧困」に陥って子どもを愛せなくなったおとなに、追い詰められるのだ。路上暮らしをする子どもたちの多くは、家庭で何らかの虐待を受けた体験を持つ。
 路上暮らしを選んだ子どもたちは、自力で生き抜くたくましさを持つ反面、心の傷を癒そうと、薬物、性産業、犯罪などの罠にはまり、抜け出せなくなる。待ち受けているのは、薬物依存、精神疾患、HIVを含む性感染症、望まない妊娠、監獄、そして死。長年のメキシコの友人で十年間路上にいた少女(22歳)は、「路上時代の友人は皆、薬物のやりすぎでフラフラしていて車にはねられたり、病気になったりして死んだわ」と語る。
 薬物依存、鬱をはじめとする精神疾患、HIV、死といった問題は、実は日本の子ども・若者の間でも増えている。世界の子どもたちの悲痛な叫びは、今注目を集める地球温暖化などの問題とともに、私たちに警告している。「個性や思いやりを否定した競争による技術の進歩と経済発展・成長のみが幸福をもたらす」という意識、思いこみを捨て、社会を再構築しない限り、人類に未来はないことを。

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