ストリートチルドレンを考える会
…子どもたちの未来のために……
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2007年05月

2007年05月09日

2007「フィリピン・考える旅」参加者の感想文

山崎 恵理

 フィリピン旅行は、楽しかった。そして実り多かった。

 楽しかった、といえば初めて!の体験がたくさんできたこと。イフガオの棚田の村では、にわとりを殺してご飯のおかずにしてもらったり(食べ物が動物から食べ物になっていく過程を初めて目のあたりにした私であります)、お尻に痛みを感じながらも、(ジープを改造して作ったフィリピン独特の車両)ジプニーの上で、棚田を、山々を、村々を、眺めたこと(きれいだった)。そして、マニラでは、ストリートチルドレン支援施設での、何だかとんでもなくゲイな男の子たちとの、何だかゲイな会話(彼らがくねりながら話すのには、もうびっくりした)など、など。

 もちろん篠田さん・工藤さんご夫婦を含め、ツアーのほかの参加者との時間も楽しかった。学ぶことも多く、みんな本当に面白く、そして感心してしまったのは、子どもと遊ぶのが上手!なこと。私自身は、もしかしたら選んだNGOを間違えたのではないかと思うくらい、どうしていいのか分からない。せっかく子どもたちが遊んでもらいたそうにしているのに、それは他の人に任せて小説なんか読んでいた。ダメじゃん、みたいな。(苦)あーあ。でも疲れていたということもあり、許してもらいたいなぁ・・・

 次に、実り多かったこと。色々あるが、会の趣旨的にも、ストリートチルドレンの支援団体兼コミュニティ支援団体である「パンガラップ・シェルター」で見たこと、感じたことなどについて、いくつかご報告したいと思う。

 まず驚いたのは、「パンガラップ」のサービスの充実度。ストリートチルドレンが路上生活との決別をするための一連のプログラム以外にも、貧困コミュニティの生活向上と健全化を促すような、多種多様なプログラムを実施している。サービス内容は、メキシコで訪れた施設を随分上回っているような印象を受けた。

 ストリートチルドレン関係のサービスは、衣食住を整えるといったケア、精神的なヒーリング(癒し)、そして教育、の3本柱から成る。精神的なヒーリングではPTSD(心的外傷後ストレス障害)やうつ病、トラウマが深刻な子どもたちが多いため、カウンセリングだけではなく、必要な子には薬を処方してくれる精神科医も関与しているという。また、子どもの就学・職業訓練に力を注いでいて、教育を専門的に担当しているスタッフが二人いる。子どもの希望(と、現実的な可能性)に沿うような就学先・就職先を得られるよう、資金面や進路相談といった形で援助していて、家庭教師のボランティアも数人いる。なかにはプロのバレエダンサーになった子がいて、その子はバレエ団で活躍しているとのこと。

 子ども一人ひとりについて、スタッフが定期的にミーティングをしていて、その子に何が必要かを話し合っている。こういった幅広く、且つきめ細かい支援は、例えば私たちの会が支援しているメキシコのNGOに比べて資金力があるからこそ可能でもあるようだ。資金はアジアもだが、ヨーロッパの財団から来る割合が高い。何故ヨーロッパの財団がそこまで遠いフィリピンの団体に入れ込んでいるのかは分からなかったが、すごいことだ。やはり資金は大事。「パンガラップ」が、カトリックの方たちが始めた団体であり、現在も神父さまが代表をなさっていることによるところも大きいのかな、と勝手に推測する。

 さて、ディレクターである神父さまから受けた説明では、「パンガラップ」はストリートチルドレン関係のNGOとしては、メトロ・マニラ(マニラ首都圏)の中でも規模的に大きいほうであるとのことだった。特に、ストリートチルドレンにとどまらず、貧困コミュニティを支援している総合的なサービス提供者としては、先駆者的団体らしかった。そのため、いろいろな国の、同じ分野の仕事に携わる方が見学に来るという。例えば、タイとかバングラデッシュとか。そのお話をうかがって、力、特に資金力がないながらも、何とか子どもや家庭、地域へのサービスをより充実させていこうと懸命に努力している方たちが、国境を越えて学びあっていこうとしているのだと分かって、何やら心がじんわり温かくなった。そして、ぶわっとアジア地域の地図が目に浮かぶような気がした。私は知らなかったけれど、きっとゆるくではあるけれど、つながっているんだ。

 話は変わるが、上述のコミュニティープログラムについて。私たちが訪ねたプロジェクトのあるコミュニティは、もともと「パンガラップ」のオフィスがある地域に住んでいた人たちが、強制的に移住させられて郊外にできたスラム地域にあるのだが、貧困家庭が多いその地域に対して、「パンガランプ」は包括的な支援を行っている。

 例えば栄養不良の子どもたちへの食事サービスを行っており、これについてはお母さんたちが、月に何回かボランティアで調理などの手伝いをしなければいけない制度だ。そうすることによって、経費削減にもなるし、お母さんたち自身が無料で栄養バランスについて学ぶ機会ともなる。うーん一石二、三鳥で画期的!と、感心。

 ほかにも、青少年の職業訓練のための奨学金、教育を受けていない大人へのタガログ語や算数の教室とか、ビジネスを始めたい人への小口融資、貯金の仕方の講座、職探しのための資金援助、乳幼児の保育サービスなどなど、ありとあらゆるプログラムがある。正直、施設の方には悪いが、あまりに多いので説明を全部ちゃんと聞いていなかった。だって長いんだもん。

 特に強い印象を受けたのは、Fathers club、と呼ばれていた、地域のお父さんオンリーの話し合いグループ、DV(家庭内暴力)防止プログラムだ。お父さんたちだけで話す場を設けることによって、本音を吐き、受け止めてくれる人を持つ(確かそんな話)。また、貧困家庭に多いDVを、暴力がいけないのだということを伝え話しあうことによって削減していく、というプログラムだ。その成果として、地域の家庭におけるDVが減ったという。

 何だかウソのような話に感じた。だって私の中に、家庭内暴力とはもっと悪質で根強いものなんじゃないのか、という印象があったからだ。若干簡単すぎるような気さえして、少々違和感あり。でも、施設の人が自信を持ってそう言うのだから、そう信じることにした。そして、この話を聴いて、私が一昨年、CAP(Child Assault Preventionの略)という、日本にも輸入されている、米国発の子どもへの暴力防止プログラムの講演会での話を、思い出した。

 家で暴力をふるってしまう男の人は、それが悪いことだとあまり自覚していない。そのため、彼らを変えるためには、男性同士のグループを作り、他人という鏡を通して自分を見つめることによって、暴力はいけなかったのだと気づけるようにもっていくほうが、個人カウンセリングを行うよりも効果的だというのだ。「パンガラップ」がやっていることって、そういうことなんじゃないかなと思った。すごい。

 さて、パンガラップが展開している一連のコミュニティ活動の説明を受けて、大げさだが、私の中でのNGOに対する認識が変わった(というか広がった?)ような気がする。今まで私は、基本的にNGOとは、地域・社会が対処しない、しきれない問題について、事後処理的な役割をかって出ている偉いグループだと思っていた。それは、今もそう思っている。が、「パンガラップ」を訪れて思ったのは、NGOはそれだけにとどまらず、コミュニティに働きかける、主体的な役目を果たすことができるという可能性を持ち合わせている、ということだ。勝手な想像かもしれないが、「パンガラップ」の方々から感じたエネルギーは、このNGOが地域を変えていっている、というエネルギーなのかなと思った。

 最後に、フィリピンに行って抱負ができたので、今後どこまでフォローできるかは分からないが、一応言うだけ言っておこうかしらと思う。それは、虐待や家庭内暴力にさらされている日本の子どもたちの状況について知っていこう、という気持ちを強めたこと。

 ストリートチルドレンとどこまで共通点があるのか。それをすることによって何ができるのか。そこらへんはよく分からないのだが、この目標はこんなことを考えた結果でした- 

●虐待を受けた子どもの精神的な後遺症(PTSD等)や症状についてもう少し理解したい。

●現地を訪問した時に、日本で家庭について悩んでいる子どもたちの状況について伝えることができるかな。

●学習の場に出て行くことによって、日本国内でこのような問題に直接関わっていらっしゃる方々とお会いする機会が増える。そしてその方たちに、虐待を受けた子どもたちという切り口で「ストリートチルドレン」について伝えることができる。もしかしたら、会運営委員仲間の宮田真理子さんが以前、紙面で書いていたように、機会があれば国内外の方を引き合わせるようなことができるかもしれない。

 そして最後に、

●ごく個人的な理由で、古今東西、先進国vs開発途上国を問わない共通テーマが欲しかった。というのも、周りの人(特に会社の人)に、自分がストリートチルドレン関係のNGO活動をしている、と言っても、ほとんど反応がないことに、私としてはフラストレーションを感じることがよくあるからだ。遠い海外の話だと、あまりピンとこないのだろうか、物好きだと思われたり、同じ話題を以前にも言ったはずなのに、完全に覚えていなかったり、といったことが多々ある。ある上司からは、「そんなことやるより、あなた仕事の勉強が先でしょ」とやんわり言われた。そういう反応がくるのは仕方ないのかとも思う。関心がなさそうな人にはちらっとしか言わないし、また、自分自身、自分には何ができている?何ができる?を模索しているのだから何とも言えない。でも、やっぱり不本意に感じてもいて、ストレスがたまる。

 日本にも途上国にも共通するような虐待問題に関心を持っている、とでも言えば、「趣味」だと片付けられないで済むのではないか、と思うのだ。

 幸い、「日本子どもソーシャルワーク協会」という団体が、近々講義シリーズをするらしいということを見つけたので、ここで勉強していけたらいいなと思っている。でもあまりにみっちりあるので尻込み、挫折するかも・・・

 抱負ばっかり多くて実行がついてかないからなぁ・・・でも、「パンガラップ」のディレクターが、日本では児童擁護施設などにソーシャルワーカーが少ないと聞いた、と仰っていたことを覚えているので、私も国内で虐待の問題に携わっている方の話を聴くことから始め、応援することが少しでもできたらいいなと思っている。 と、本題のフィリピンとはだいぶ外れてしまったが、ここで締めくくりたいと思う。

 フィリピンに行って、多分、私は元気になった。ツアーを企画してくださった工藤さん、篠田さん、そして参加者のみなさんに感謝しています。みなさん、ありがとうございました。できたらまた来年も行きたいので、もしそうなったときは、ぜひまた、よろしくお願いします。

※ ちなみに以前、この紙面でCAP主催の講演会の感想文を書いた時、虐待は社会的・経済的階級には関係ないのだという話、と報告したが、最近、上述の「日本子どもソーシャルワーク協会」の虐待に関する講演会で聞いた話では、経済的に困窮している人のほうが加害者になりやすいということだった。後者のほうが私も納得がいくので、一応、この場で書かせていただきたいと思う。一方で、性虐待については、あまり社会的地位や階級に関係ない、という話も出た。でもそれにしても、日本での性虐待とか、虐待のほうがどろどろした、生々しい問題のように思えるのは、なぜだろう。実際にそうなのか、それとも身内だからそう思えてしまうだけなのか、どうなのか、できたら事実をもっと知りたいとも思う。

(やまざき えり)

Posted by fukunekoya at 23:48

2007年05月10日

パンガラップ5日間滞在記

~フィリピンツアー参加者・特別レポート~ 
パンガラップ5日間滞在記

小口 由貴

 私はツアーに参加し、ほかの参加者よりも10日間長くフィリピンに滞在し、そのうちの5日間はツアー中に訪問したNGO「パンガラップ・シェルター・フォー・ストリートチルドレン(以下、パンガラップ)」に滞在させてもらった。パンガラップの施設にはどのような子がどのような思いでいるのか、ということを含めて、彼らのことをもっと知りたかった。

 私が朝、パンガラップに一歩足を踏み入れると、必ず聞こえてくるのはバスケットの音。フィリピン人の国民的スポーツと言えば、バスケットである。ここ、パンガラップでも、バスケットのネットが揺れない日はないほど、ほとんどの子どもたちは、毎日バスケットをして楽しんでいる。その中でもひと際きれのある動きをする15歳の少年がいる。

 「お母さんは天国に、お父さんは刑務所に、それから…、バゴンシーラン・フェーズスリー(彼はパンガラップに来る前、この地区で路上生活をしていた)だよね」と、私。よく覚えているじゃん!とでも言いたそうな顔をして、「えっと、クルクル…だったよね」と、今度は彼が私のメールアドレスを思い出す。私のアドレスを一度、二度見ただけで完璧に覚えてしまった彼は、「また学校に行って、勉強をしたい」という希望を抱いて、パンガラップへやって来た。彼は6月から学校へ通い始めるらしい。今までの遅れがないように、他の仲間と一緒に補習授業を懸命に受けている最中だった。

 お昼頃になると、午後から授業がある子どもたちは学校に行くための準備に取りかかる。シャワーを浴びたり(彼らは日に3回シャワーを浴びるらしい)、前の日に洗濯したシャツを取りに行ったり、それにアイロンをかけたり(彼らにとってアイロンは必需品!)、髪の毛をセットしたり、と忙しい。私はその渦にまぎれて、彼らのロッカールームをのぞきに行った。そこには、簡素な感じの古い木製ロッカーがずらりと並んでいたが、彼らのロッカーの中を見て、私は「おぉー」と感嘆の声を上げたくなった。それほどきれいに整理整頓されていたからだ。ロッカーの中には、しわひとつなくたたんである洋服や小物が整えられて置かれていたり、戸の裏側にセンスよく装飾がされていたり。一人ひとりが、自分のロッカーを自分の部屋のように誇りにしているかのようだった。彼らはきれい好きだし、器用な面も多くある。彼らと同じくらいの年齢で、制服のワイシャツに自分でアイロンをかけている若者は、日本にはあまりいないだろうな・・・そう思うと、彼らから見習うべきことも沢山あるな、と感心してしまう。

 感心したことと言えば、もうひとつある。あるとき、ロッカータイムのベル(ここではロッカーを開ける時間が決まっている)がジリリリィーと鳴り、「ちょっと待ってて」とだけ言い残してロッカーへ行ってしまった17歳の少年。少ししてから、以前靴が入っていたと思われる箱を大事そうに抱えて戻って来た。何が入っているのだろうと興味津々でいると、出てきたのは、彼が今までにもらったラブレターどっさり。フィリピンの若い人たちは、よくラブレターを書くことは知っていたが、それを捨てずにコレクションにしていたのにはびっくりした。というか、感心した。

 そんな彼は、パンガラップに来る前はギャング(スラムの非行少年団)の一員でドラッグをやっていたけれど、パンガラップに来てから、「自分自身、変わったんだ!」と強調していた。しばらくしてから、「2、3日のうちに、家に帰る」と彼。

「えっ、何で?」

 「いつも(施設内で)ケンカばかりしていて、この間、最後のチャンスをもらったんだけど、それもダメにしちゃったんだ。だから、家に帰らざるを得ないんだよ」と、悲しそうに彼は言った。しかし、自分の問題で家に戻らされても、パンガラップが好きだという。きっと、どん底に落ちそうだった彼に希望を与えてくれたパンガラップの存在は大きかったのだろう。

「俺はここが好き。だから、すごく寂しい気持ち。これからもパンガラップには来るよ」

 あたりが暗くなってくると、パンガラップの子どもたちは昼間のようにはしゃいだ雰囲気ではなくなって、しんみりしてくる。暗闇の中で、人の気配があり近寄ってみると、少年が2人。「何をしているの?」と聞くと、これからの人生について話しているという。15歳と20歳。歳は離れているが、映画を製作する仕事に就きたいという共通の夢を持っていて、パンガラップの中で2人は親友同士だ。

 20歳の彼は、ストリートで暮らしていたときに、ストリートエデュケイターに声をかけられて、パンガラップへ来た。パンガラップへ来たときには、義母に虐待されていたトラウマがなかなか離れなかったらしい。「ストリートにいては、将来がない」と語る彼。職について、自立できるまで、まだまだパンガラップにいるつもりだとも話していた。

 「もし、自立したらパンガラップの手助けをしていくつもり」

 彼もまた、自分をここまで支えてくれたパンガラップに感謝しているようだった。

 最後に、JAPANのひとつずつの文字を使って作ったこんな文章を教えてくれた(頭文字だけつなげて読むとJAPANになる)。ずっと昔に彼が作ったものらしい。

 Just Always Pray At Night.

 ここにいる子どもたちは皆、それぞれ何らかの夢や希望を持って、パンガラップに滞在している。ちょっとの夢と、ちょっとの勇気があれば、何でもできるのかな、と彼らから教えてもらった気がする。

 彼らはいつも、夜にどんな夢を神様に祈るのだろう。今度会ったら、彼らに聞いてみたい。

(こぐち ゆき)

Posted by fukunekoya at 14:16

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