フィリピン・ミンダナオ取材記[2]

学びの中に未来が見える

工藤 律子 

 1月にミンダナオ島に飛んだのは、実は、ミンダナオ中部のコタバト市を中心に「国際協力機構(JICA)」が行っているプロジェクトを取材する仕事を受けたからだった。コタバト市があるミンダナオ中部は、南北問題、民族問題、宗教問題、すべてを抱える地域だ。

 国内一貧困層が多く(約60%)、識字率も最低(約70%)、おまけに多国籍企業による土地と資源の収奪が激しい。他地域からの移住者が多い一方で、独自の言語・習慣を維持する先住民族も大勢おり、その大半が貧農。加えて、16世紀にはイスラム王国が建設され、現在も「ムスリム・ミンダナオ自治区(ARMM)」」が存在するほどイスラム教の影響が強く、山岳地帯にはいまだに「モロ・イスラム解放戦線(MILF)」などの反政府ゲリラが潜み、政府軍と戦闘を続けている。

 取材の舞台となったコタバト市は、人口の約半分がキリスト教徒、残りがイスラム教徒(ミンダナオ全体では約2割)。市政には政府と和平を結んだ「モロ民族解放戦線(MNLF)」関係者が多く参加している一方、経済は中国系移民を中心に動いている。

この複雑な社会事情が、住民の相互理解を困難にし、政府の思惑と絡み合いながら平和を不安定なものにしている。

 そんななか、平和で豊かな社会を築くために、JICAの支援を受ける現地NGOが、様々な努力を行っている。

●大人の識字教育

 椰子の木の間に粗末な木造家屋が並ぶ集落の中程に、質素な小屋が立つ。そのなかでは、20代から60代前後と年齢も様々な30人前後の女性が、「識字ファシリテ−ター(授業の進行役)」の問いかけに、楽しそうに答えている。

「家族とは何でしょう?」

「父親、母親、それに子どもがいるものです」

「では、父親、母親、子ども、それぞれの役割は何ですか?」

 これは、NGO『ノートルダム女性の自立のための開発財団(NDFCAI−WED)』が中心となって、各地で実施する「識字教育プロジェクト」の授業だ。

 同NGOがつくった地域の生活に根ざした内容の教科書を用いて開かれる識字教室は、貧困層の女性たちにとって、読み書きを身につける場であるのはもちろんのこと、それ以上に深い意味を持つ。

「ここで学んだおかげで、出稼ぎに行っている娘からの手紙を読めるようになりました。計算もできるようになったので、魚売りの商売も始めました」

 そう話すピナンバイ・バラバガンさん(48) は小学校1年の時、故郷の村がイスラム反政府ゲリラと政府軍の戦闘に巻き込まれ、それを逃れるために、この町にやって来た。以来、生活に追われ、結婚後も17人の子どもを育てるのに手一杯だったため、ずっと学校に戻ることができなかった。が、半年前、この教室に通い始めたことで生活が一変した。

「授業で計算を覚えたので、これからは(漁師の夫が釣ってくる)魚を自分で売りさばく商売を始めたいと思います」

 地域の保育所でボランティアをするルシーラ・フレンシーリョさん(62)も、

「教室に通うようになって、物事の善し悪しを自分で判断できるようになりました」

と胸を張る。子どもや夫は、何を今さら勉強しているのだと言うが、「私の夢は更に勉強して、地域の子どもたちや家族の役に立つことです」と意気込む。

女性たちの中には、識字教室と並行して、『NDFCAI−WED』のもう一つのプロジェクト「起業訓練」に参加する人もいる。

 その一人、エンリキータ・ガルナタスさん(35)は、「料理を覚えて商売を始めたい」と考えている。精米作業員の夫の収入は不安定で、今は長男(15) が輪タクをこいで家計を助けてくれるが、稼ぎは一日約200ペソ(約240円)しかなく、家族10人1日分の米5キロを買うだけで半分は消える。そのほかに、学校へ通う子どもたちの交通費に1日30ペソ、調理用の薪代に1日7ペソ半、水や電気、家賃も月払いで支払わなければならない。だから、生活は苦しい。

「それでも長男は私の勉強を手伝い、いつも励ましてくれます。あの子は、多くを学んでこそ良い未来を手にすることができる、と知っているんです」

 その長男ロヘリオくんも、「若者向け識字教室」を通して学び、これまでに小学校5年までの卒業資格を取った。彼のように貧困や紛争のために学校に通えない、あるいは中退せざるをえなかった若者たちも、同NGOが主催する「識字教育」と「起業訓練」に参加している。

●互いを知ることの大切さ

 「起業訓練」の一つ、学校の教室を借りて開かれた料理教室では、年齢も宗教も出身も異なる女性たちが、仲良くクッキーを作った。実演に挑んだのは、かつてコタバトを都に栄えたイスラム王国の王族の末裔、「ロイヤル・レディ」と呼ばれる女性の一人だ。

 「ロイヤル・レディ」たちは今も、地元イスラム教徒の間で尊敬の対象となっている。が、経済的には決して裕福なわけではなく、夫は大抵サラリーマンや下級役人だ。また、彼女たち自身は、女性をあまり外に出さないイスラムの習慣のために、学校へ通ったことがなく読み書きができない人も少なくない。

「識字教室にも通ったんですよ。フィリピン人同士、皆で学ぶのは良いことですから」

 実演を終えたハッジャ・バイワ・アボ・ウランガヤさん(48)は、気さくに語る。訓練主催者のNGOスタッフは最初、「ロイヤル・レディ」が自ら「普通の人々」、しかも貧困層と同じ教室に通いたいと言い出したことに、驚いたという。ところが今では、6人の「ロイヤル・レディ」が教室に参加している。

「ここで覚えたお菓子はお友だちにも好評で、それを売って自分でお金を稼ぐこともできるようになりました。余り美味しいので、私自身も、うちの息子まで太っちゃいましたよ!」

 ハッジャ・バイワさんは、この訓練を心底楽しんでいるようだ。

 プロジェクトの実施は、住民の生活向上と社会参加を促すだけでなく、同じ地域に住みながら異なる背景を持つ人々が互いを良く知り合うためにも、一役買っている。

 『NDFCAI−WED』のこのプロジェクトは現在、NGOと行政、住民の連携プレーにより、コタバト市だけでなく、マラウイ市、マギンダナオ州の住民を含む中部ミンダナオの人々、計2000人以上に広まっている。      

                    (くどう りつこ・ジャーナリスト)

   

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