〜メキシコシティ特急便〜  

カルロスの誕生日

         

 

運営委員 工藤律子

 「ボクの誕生日に来るって言ったのに〜!」

そう叫んで微笑みながら、カルロスが走ってきた。そうだった、彼の誕生日は昨日、7月28日だった。いつも大抵そのころにはメキシコに来ているので、3月に別れる時、お祝いしようと、話したのだ。 

「来るのは来たのよ。昨日の夜遅く着いたんだもん」

と、言い訳しながら、あいさつ。しばらく雑談をしたあと、翌日いっしょに映画館に行くことで、15歳の誕生祝いにすることになった。

 岩波ジュニア新書「ストリートチルドレン」を読まれた方は、ご存知のようにカルロスはいつも「誕生日」を話題にする。誰かに何かをしてもらいたいからだろう。最近は、幼かったときのように、1年に何度も誕生日が来たりはしなくなったが、それでもやはり、誕生日は、いや誕生日を口実に何かをしてもらうことは、彼にとって、とても大切なことなのだ。そういうわけで、今回は公開中のアクション映画「ファンタスティック4」を観ることにした。

 4月に私たちの会が招聘して講演してもらったNGO「プロ・ニーニョス」のスタッフが常に言っているように、基本的には、路上の子どもたちに「(NGOに頼らなくても)路上でも楽しいことはたくさんしてもらえる」と思わせるのは、よくない。彼らが、路上生活を脱しようとする気持ちをそぐことになるからだ。が、カルロスの場合、「プロ・ニーニョス」をふくめ、すでに複数のNGOに世話になったことがあり、なぜかははっきりしないが、NGOスタッフを信用する気持ちが薄い。彼に言わせると、「みんなうそつきだから」。そのうえ自立心が強いため、施設に頼ることを嫌っており、施設のほうが楽しい、関心をひくことがたくさんあるというだけでは、積極的に現状を変える気にはなりそうにない。

 カルロスは、本当はどんな人生を求めているか?本人もまだわからないのであろう、「自分にふさわしい人生」をつかむためには、どうすればいいのか?少しでもいっしょに考えたい者としては、とにかくできるだけじっくり話がしたい。できるだけ信頼しあえるようになりたい。そして、今では大半が彼以上に麻薬の「ヘビースモーカー」である路上の仲間との暮らしの中には「本来の自分」はいないのだ、ということに気づいてほしい。

 あらゆる意味で、誕生日のお祝いは、思いを伝えるために大切だと思われた。だから、あえてデートに誘ったのだ----

 カルロスのねぐら、街の大通りにあるロータリーから乗合バスで5分。バス停から少し歩き、「パラシオ・チノ(チャイニーズ・パレス)」という中華料理店のような外観を持つ、大きな映画館に着いた。入るまえに、友人からもらってきた古着の清潔なTシャツをきてもらい、切符を買う。シャツは「入場拒否」にあわないための対策。前に一度、薄汚れた服で来たら、入り口ゲートで「おまえは入れない」と言われ、「彼は連れで、私が責任者なので、通してください」と粘らなければ、あやうく映画を観そこなうところだった。

 今回は幸い、何のおとがめもなく(あとで、このシャツも実は背中が穴だらけだと気づいて、焦ったのだが)、無事ゲートを通過。中に入ることができた。

 映画が始まる前のコマーシャルの時から、カルロスは大声でゲラゲラ笑った。時々、こちらをじっと見ている視線を感じて横を向くと、にやりと笑っては視線をスクリーンにもどす。座席でそっくりかえってみたり、こちらにもたれかかってみたり、落ち着きがない。でも今日は、以前彼のガールフレンドが一時的にいなくなってしまった時に映画に誘った際のように、泣いてはいない。そのときは、「いい友達で、ずっといっしょにいられると思っていたのに、とべそをかいていたら、仲間が”女のことで泣くなんて、アホか”と言った」と愚痴をこぼしながらも、泣いていた。今日は、次々と起きるアクションに、頬をふくらませ、顔をくしゃくしゃにして笑いながら、盛り上っている。

 映画館を出ると、私に「次は何処へ行く?」と尋ねる。大抵はすぐに仲間の所へもどりたがるのに、珍しい。前日の会話のなかで、ボートこぎも好きなんだ、という話が出ていたのを思い出し、

「じゃあ、チャプルテペックの森公園(街の西にある大きな公園)の池に、ボートに乗りに行く?」

と返すと、最初「そんな遠くまで行くのぉ?」と言ったものの、乗合バスでたかが10分くらいじゃないという私の意見に、

「じゃあ行こう!」

と応じた。

 残念ながらボート場は超満員で、行列に並びたくないカルロスはボートを断念。

「ここはやめて、どこへいく?」

ときたので、すぐ近くの動物園へむかうことにした。すると、突然ヘビがみたいと言い出し、4、5歳の頃まで一時期住んでいたという、北部の農村での生活の話を始めた。

 実の父親を知らない彼は、最初の義父とともに(彼には2人義父がいた)、原野で野ネズミやヘビ、コヨーテを追いかけた頃のことを、とてもなつかしそうに、楽しい思い出として語った。その義父は、後に浮気して、去ってしまったそうだが、彼にとっては「最高の父さん」だったという。ちなみに2番目の義父は、彼を虐待したあげくに、このメキシコシティの他人の家に置き去りにした。

「だから、(最初の)義理の父さんが採ってくれたヘビをみて、当時のことをきちんと思い出したいんだ」

そうつぶやきながら、ほかの人気動物には目もくれずヘビのコーナーへと突き進む。

 ようやくたどり着いたヘビ館にいる間、私が話しかける言葉にはほとんど耳を貸さなかった。また、せっかく来たのにもかかわらず、ひとつずつゆっくり見学しないで、何かを探るかのようにどんどん歩を進めては、ふと特定の種のヘビの前で立ち止まった。あとで、「いつかあの頃のような暮らしにもどってみたい」ともらしたところをみると、見覚えのあるヘビの姿に、人生の良き時代を見いだし、その価値を再確認していたのだろう。

 帰り道、公園を出る直前に、1匹の野性のリスが目の前を横切った。と、カルロスがしゃがみこみ、しばし話しかける。リスは、怯えて逃げるかと思えば、逆に近づいてきて、初対面の少年の手をじっと見つめた。

「ね、ボクって、野生動物の扱いがうまいでしょ!」

 カルロスは、自慢げにそう問いかける。

「本当だね、リスはキミのこと、ぜんぜん怖がってなかったもの」

と答えると、地下鉄の駅にたどりつくまでの道すがら、いろいろな動物の扱い方について、延々と話をしてくれた。

「今度、もしお金がたまったら、(北部の町)アグアスカリエンテスの近くにある平原に連れてってあげるよ。そのへんには野生の動物がたくさんいるから」

 そんな誘いまでかけてくれる。現実になるかどうかはともかく、うれしいことだ。 

 今日のカルロスは、本当によくしゃべった。今まで触れたことのない一面をみせた。途中で仲間のもとへ帰るとは言い出さず、最後まで散歩を楽しんだ。

 一時コカイン系の麻薬を乱用し、どうしようもない生活をしていた頃のことを思い出し、私は少しうれしくなった。もしかしたら、彼が自分の意志で路上生活を抜け出す可能性は、まだあるかもしれない。そのときを見届けたい。そんな希望が強くなった一日だった。 

                    (ジャーナリスト・くどう りつこ) 

 

 

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