ヒトミのメキシコ便り・その4 〜ドラッグ依存〜 

 

                              会員・小松仁美

 これまでのニュースレターでも、折りに触れて子どもたちのドラッグの問題を取り上げてきました。工藤律子さんの著作でも述べられている通り、子どもたちのドラッグ依存は、非常に深刻な問題となっています。

 子どもたちは、ドラッグをはじめ各種の依存症に陥っています。この背景には、自尊心が育まれない環境下で彼らが成長してきたことが挙げられます。彼らの家庭は、家庭としての機能を持っておらず、崩壊しています。精神的、肉体的、あるいは性的な暴力に彼らは常にさらされてきたのです。そのため、彼らは自分たちの家庭に自らの居場所を見出すことかできずいます。また、労働などの搾取があり、家の中にすでにドラッグがあるケースも少なくありません。彼らの親世代の多くが、アルコールやドラッグ依存症なのです。

 身近にドラッグがあること、ドラッグに手を出したくなるような環境で育ったことが、彼らを容易にドラッグ使用へと誘います。そしていったん依存症に陥ると、自らドラッグ自身が与える刺激、快楽を求めるようになっていきます。それゆえ、どのような理由があろうとドラッグに浸ることは「悪」という断固たる態度で、子どもたちからドラッグを遠ざけなければなりません。

 とはいえ、すでに依存状態に陥っていることや、路上には簡単にドラッグにアクセスできる環境があるため、ドラッグを断つことは困難です。さらに言えば、路上以外でもメキシコではドラッグにアクセスすることは容易です。

 現在、私はセントロ南端に住んでいます。一般的には治安が悪く、貧困層が住む地区として知られている場所です。アパートには、エスタド・デ・メヒコ(メキシコ州、メキシコシティ郊外に広がるスラムが多数存在する地域)出身者や他の貧しい地区から来た者が多く住んでいます。つまり、彼らは子どもたちの出身地域に近い地域出身で、同じ年齢層といえます。彼らの大半は、職業訓練校に通っているか働いている20代前後の若者世代です。彼らはよく、各人の部屋のなかや共同の台所、リビングでマリファナを吸っています。なかには、コカインやヘロインに手を出している者もいて、その数は決して少なくありません。

 彼ら曰く、「学校でまわってくる」、あるいは「学校内で買う」、「テピート(セントロ北東部に位置する露店で有名な地区。マフィア街)のドラッグ売買専門区画で購入する」とのこと。マリファナは、タバコとほぼ同じかそれより少し高いぐらいの値段なので、容易に購入できるし、値段は張るがコカインやヘロインもそれほど高くない。覚醒剤も購入できるそうです。

 さらに、日本人宿に滞在していた約2ヶ月の間に、多くの日本人観光客がドラッグを使用していること、半ばドラッグ目的で旅をしている者も少なくないことを知る機会がありました。彼らの多くが、こともあろうに「マリファナは依存症になりにくいし、症状もないからタバコより安全」、「ナチュラル系(植物から作られるもので、覚醒剤などの化合物ではないモノを指して使われる)なら影響も小さく身体にいい」、「自分は依存に陥っていない」、「メキシコならつかまらないし、つかまってもお金で解決できるから、犯罪者にならない。だから問題ないんだ」などとご託を並べ、テピートや路上、ときには宿のなかでドラッグを購入しているのです。

 こうしたことからも分かるように、メキシコでは麻薬取締りが非常に緩く(警官自体が売買していることもある)、麻薬に対する犯罪意識がほとんどありません。そのため、ドラッグが一般的に出回っています。

 逆にこうした状況下では、子どもたちをドラッグから遠ざけることのほうが難しいのです。事実、子どもたちは実に多くのドラッグの名前を知っています。また、それらを使用しています。

 一例をあげると、サン・フェルナンド公園に住むある女の子は、いつも吸っているアクティーボ(シンナーのようなもの)を「モタ」という名前で呼んでいます。モタは、一般的にはマリファナの別称です。サン・フェルナンド公園の子どもたちの一部は、マリファナやコカインなどを使用しています。おそらく、モタという言葉が持つ響きの「かっこよさ」から、彼女はアクティーボをそのように呼んでいると考えられます。しかし、ここで最も重要なことは、彼女の周りにあるドラッグがバラエティーに富んでいること。また、単に安価で容易に買えるものだけではなく、高価でマフィア絡みでなければ買えないような危険なものまで存在しているということです。

 子どもたちの社会は、徐々に悪い方向、非社会的で一般人が近づきにくい危険極まりないものへと進んでいるといえます。これは、子どもたち自身が社会復帰の機会を失うことを意味しています。また、社会復帰の機会をNGOなどの手によって与えられたとしても、ドラッグを常用している子どもたちの身体は、ボロボロの状態です。ドラッグによって溶かされた骨や破壊された器官は、通常の機能を失っています。そのため、子どもたちが社会復帰を遂げるためにしなければならないのは、第一にドラッグをたつという非常に困難な作業です。第二に、それを補助する効果と身体機能の回復のために、栄養を一日何回にも分けて取り続けることです。たとえ少量でも、空腹を感じていないときに無理やりにでも間食を取るというのは、大変なことです。

 結果、多くの子どもたちは社会復帰する以前にドロップアウトし、よりドラッグ依存を強め、路上で寿命を縮めながら生活していくことになります。子どもたちに対する対処療法的な処置は、もちろん一部では目覚しい成果を生んでおり、重要な活動です。しかしながら、子どもたちのドラッグ依存問題を解決するには、抜本的な社会改善が必要不可欠です。ドラッグが身近に存在する社会環境を教育や警察力によって改善すること。親世代がアルコールやドラッグ依存に陥らないように、彼らの生活の安定を図ること。この二つの課題のクリアが欠かせないと考えられます。

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