学習会「メキシコシティ発 地域子ども育成活動」の報告

工藤 律子

 

 この学習会では、私たちの会の会員である玉村和子さんが、ご自分が支援されているメキシコシティの友人の活動を紹介してくださいました。ここでは、話の内容を順をおって報告します。

●友人たちの活動に興味を抱いた経緯

 玉村さんは約25年前、学生として、メキシコへ留学しました。その後、翻訳の仕事に携わるなかで、「ストリートチルドレン」について知るようになり、何かできることはないか?と考え始めます。そんな時、私たちの会が1998年に開催したイベントで、メキシコシティにあるストリートチルドレン支援NGO「カサ・アリアンサ・メヒコ」と出会いました。

 それをきっかけに、同年夏、現地に「カサ・アリアンサ・メヒコ」を訪ねました。このとき3日間、ストリートエデュケイターと路上の子どもたちを訪ねて歩いたことが、とても印象に残りました。エデュケイターの愛情あふれる懸命な取り組みと、路上の子どもたちの優しく思いやりにあふれた反応(想像と異なった)が、特に心に残ったそうです。

 また、同じくストリートチルドレン支援をしているNGO「オガーレス・プロビデンシア」にも出かけ、当時ご存命だった創設者のチンチャチョマ神父にも話を聞きました。

 二つの団体を訪ねて、それぞれの活動方針の違いに驚くと同時に、そうした違いをどう受け止めて支援をしていけばいいか、考え始めたそうです。

 そんなとき、日本で開催された「フレネ教育法(セレスタン・フレネが1920年代に始めた教育法。子どもの生活、興味、自由な発想、表現、自主性を生かし、様々な道具や分野の学びを駆使して、子どもたちを指導する教育のあり方)」」の大会で、今回の話の主人公である友人、ロヘリオさんとラケルさんと知り合います。

 彼らは、メキシコシティの貧困層住宅地区で、その教育法を生かした保育活動をしていました。それは「貧困地域の中から、ストリートチルドレンを生まないようにするための活動」でした。それを知った玉村さんは、彼らの活動に興味を抱きます。

●ストリートチルドレン支援NGOと貧困地域での活動の違い

 ロヘリオさんとラケルさんの活動は、メキシコシティ東部のイスタパラパ地区(人口約110万)で、文化教育センター「ホセ・デ・タピア・ブハランセ」という、主に2〜6歳の子どもを対象にした保育施設を運営することです。それを通して、貧困地域の子どもたちが健やかに育ち、地域全体の生活がよりよくなることを目指しています。そうなれば、貧困を背景に起きる家庭崩壊や虐待のために、子どもたちが路上へ飛びだしていくことが少なくなると考えられるからです。活動の主役は、地域の人々自身です。

 それに対し、ストリートチルドレン支援のNGOの活動は、すでに路上に出てきている子どもたちを対象としています。出身地域、路上に来た原因、路上での状況が異なる子どもたちを支えるために、様々なスタッフと施設が必要とされます。そのため、時に現場で子どもと接するスタッフと、組織運営に携わるスタッフとの食い違いが起きるなどの、問題も抱えています。

 そうした性質の違いをみた結果、地域活動のほうがより身近に感じられ、玉村さんは、まずロヘリオさんたちの活動支援に力を入れることにしました。

●フレネ教育法とロヘリオさんたち

 ロヘリオさんとラケルさんは、フレネ教育法を活用して、地域活動を行なっています。メキシコにこの教育法を最初に持ち込んだホセ・デ・タピア・ブハランセ氏と、1983年に出会い、彼の考え方に共感したからだそうです。タピア氏は貧困地域でも、この教育法を使った活動をしていました。そのため、ロヘリオさんたちは、自分たちも地域活動にこの考え方を生かそうと考えました。そして、自分たちのセンターの名前に、タピア氏の名をつけました。

●文化教育活動センター「ホセ・デ・タピア・ブハランセ」の活動

 このセンターは、人口の約3.6%が非識字者であるイスタパラパ地区のミラバージェという場所にあります。つまりセンターのある地域は、非常に貧困でかつ教育を受ける機会がほとんどなかった人々の暮らす所です。そんな人々が育てる2〜6歳の子どもたち70名が今、月曜から金曜までの毎日朝9時から午後2時まで、センターの保育施設に通っています。

 センターの建物は、そこに関わる人々皆で、自力建設しました。子どもたちの世話をする「先生」6名も、地域の比較的学歴のあるお母さんたちの中から選ばれ、訓練を受けた「お母さん先生」です。現在、そうした貧困地域の「お母さん先生」による保育活動が、メキシコシティとその周辺で盛んに行なわれています。彼女たちが活躍する団体(35ある)によるネットワーク「母親であり先生でもある女性のための支援協力ネットワーク(COPOME)」もできました。

 センターでは、子どもたちに、音楽や本読みなどを通して、様々なことを教えています。また、朝食と昼食も用意します。保育料はこの2食込みで、一人につき月に260ペソ(約2600円)です。かなり低額ですが、それも払えないくらい貧しい家庭の子ども5名には、費用を免除しています。

 というのも、子どもたちの親は大半が教育を受けたことがないため、日雇いの不安定な仕事や露店商、家政婦、タクシー運転手などの仕事にしかつけず、月収は良くて2〜3万円相当だからです。彼らにとって、安い保育サービスは大きな助けです。

 保育以外にも、センターは、地域住民のための図書館の運営や、子どものための読書クラブ、大人のためのレクリエーションなども展開しています。将来は、成人学級(大人への教育)の開設や、ゴミ問題などの環境を考える「環境クラブ」「理科クラブ」をつくることも計画しているそうです。

 地域全体における目に見える良い変化、というものは、まだ余りありませんが、子どもたちの置かれている環境が少しずつ良くなっていることは、確かだと言います。例えば、本の読み聞かせの際、プロの俳優を招聘して、本格的な朗読をするなどの工夫をしていることは、これまで本を読む習慣があまりなかった子どもたちの知的好奇心を刺激するのに、高い効果をもたらしています。

●活動の問題点

 こうした貧困地域での活動の問題点は、何と言っても、まず資金困難があることです。行政に援助を働きかけても、なかなか反応が鈍いため、どうしても自主運営を目指さなくてはなりません。資金を集める方法を見つけるのが、一番難しい課題です。

 そんななか玉村さんは日本の友人とともに、何とか少しでも彼らの活動をサポートしたいと、2002〜2003年の1年間だけ、この地域の子ども3名(幼稚園児1、小学生1、中学生1)に、奨学金を提供する試みをしました。が、これは結果として失敗に終わりました。家庭の都合で、奨学生が学校を中退したり、引っ越したりして、途中で奨学金の活用を断念したからです。現在、この計画は再検討中だそうです。

 日本人が支援する以前に、メキシコ人自身がサポートできないのか?そんな疑問もあります。メキシコシティには、実は日本人同様、あるいはそれ以上に経済力を持つメキシコ人がいます。中・上流層の人たちです。彼らはしかし、大抵の場合、こうした貧困層の問題に無関心です。本来は彼らこそ支援を考えるべきなのですが、階層格差の激しいメキシコでは、メキシコ人同士の間に強い偏見と差別意識があり、なかなかそういうふうにはなりません。その現実も、貧困層の生活改善運動にとって、大きな問題点の一つです。

●メキシコとの比較で、日本に感じる問題

 最初に「カサ・アリアンサ・メヒコ」と出会った1998年頃、メキシコの友人に「日本にはストリートチルドレンはいないの?」ときかれた際、玉村さんは、大人で路上生活をする人はいるけれど子どもではいない、と答えていました。が、今は同じ質問に対して、単純に「子どもではいない」と言い切れないと、感じています。それは、「ストリートチルドレン」とは呼ばれてはいないにしても、日本にも路上に暮らす子どもたちと同様に、深い心の傷をおっている子どもが大勢いるからです。それは、「児童虐待の増加」などの事実からも想像できます。その統計数字が真実そのものかどうかは別にしても、この日本でも、子どもたちが大人によって追い詰められ、傷つけられていることだけは、確かだと考えられます。

 以上が、玉村さんの1時間半に渡るお話の報告でした。

 なお、お話の際は、フレネ教育法とセンター、COPOMEについて説明したプリントを配り、ご自分で撮られた写真と「COPOME」のビデオをみせてくださいました。

 参加者は、計17名でした。

(くどう りつこ・運営委員代表)

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