メキシコツアー03 参加者による感想文

阪無美潔(さかなし みゆき・主婦)

 NGO「プロ・ニーニョス・デラ・カジェ」で、子どもたちと「宝探し」をした。

2つのグループに分かれて、小雨のなか,宝を捜し当てるまで公園と地下鉄の駅の間を、何回も行ったり来たりした。指示が書いてあるメモを探すこと数回、塀の上を一列になって走ったり、片足で5分間静止したり。スペイン語(メキシコの公用語)のわからない私は、(共にツアーに参加した)息子と一緒に、みんなに遅れをとるまいと、必死についていった。

 そうこうしているうちに、宝を捜し当てたみたいで、最後にはごほうびとして、子どもたちみんなと一緒にお菓子をいただいた。

 私自身、とっても楽しく参加させていただいたのと同時に、何ともいえない達成感と満足感を味わわせてもらった。路上生活をしながら、このNGOのデイセンター(昼間だけ来て様々なアクティビティに参加する場所)に通ってきている子どもたちの「何かをする!」という時の集中力、協調性には、驚かされた。わが息子(8歳)はといえば、授業中に席を離れたり、何かと落ち着きがなく、今学校ではクラス全体がばらばらでまとまりがなく、授業もしばしば中断されることがあるというのに、(メキシコシティで路上暮らしをしている)彼らは本当に素晴らしく団結していた。

 それと、彼らを指導するNGOスタッフのテンションの高さにも、いつも感心する。子どもと向き合う姿は全力投球そのもの。細かい心の動きも見逃すことなく、きちんと見つけて受け止め、真正面から向き合い、話しあい、決して感情的にはならず、冷静に対応している。

 ふたりの子育てにおわれている私には、学ぶべきことがいっぱいあった。

 最終的に子どもたちを自立させるに至るまでの作業は、本当に息の長いものだと思った。私自身、子育てが事務的になりがちなのに、このNGOのスタッフは毎日変化球をバンバン投げて、子どもたちと一緒に歩んでいると感じた。「プロ・ニーニョス」から巣立っていった子どもたち(約5年のあいだに、このNGOを通して280人余りが、施設に入る、あるいは家庭へ戻る、自立生活を始めるなどの形で、路上生活を脱した)は、本当に素晴らしいと思うと同時に、それまでになるのに、子どもと一丸となって活動し、日々輝いているスタッフに、心から感動している。

         

阪無賢太(さかなし けんた・小学生)

 ぼくは、サッカーのゲームをして、メキシコの友だちとあそびました。みんな、サッカーせんしゅの人形がついているぼうをつかんで、ぐるぐるまわすのがうまいとおもいました。

 そして、たからさがしをしました。公園内をぐるぐる走ってまわって、草のはえているところに紙がかくされていました。あと、かいだんのところにもありました。

 つかれたけど、たのしかったです。またやりたいです。

 メキシコの子も日本へあそびにきてほしいです。できたらうれしいです。

      

蝦原佑味子(えびはら ゆみこ・学生)

 初めて参加したこのメキシコのツアーで、多くのことを学んだ。

 路上から昼間だけデイセンターに通う子どもたちのいるNGO「プロ・ニーニョス」の子どもたちと最初に会った時は、別に普通だな、という印象を受けた。確かに、見た目というか洋服とかは、ちょっとぼろぼろだったりしたけど、言われなければ「路上で生活している」という感じはしなかった。でも、彼らの話や夢などを聞くとやはり、「ママと一緒に住みたい」「家族がほしい」「早くボクを迎えにきて」という、家庭・家族に関係する答えが多かった。

 彼らと接してみて、自分が日本で送っている生活や私を取り巻く人々に対して、大きな感謝の気持ちを覚えた。そして、彼らの気持ちはわからないけれど、家族の大切さ、教育について考えさせられた。というか、今まで興味がなかったものにまで興味が出てきて、自分の知らなかった自分の考えに気づいた。

 福祉を勉強していることもあり、メキシコのストリートにいた障害者との出会いやシングルマザーの施設への訪問では、多くの刺激を受けた。シングルマザーの施設では、母親がみんな私と同じくらいの年で、子どもを抱えながらも元気にがんばっている姿、踊っている姿を見ると、子育ての大変さ・苦労とともに、子どものかわいさ・生きがいを垣間見た気がする。

 オアハカでの観光は、メキシコの文化と歴史を学ぶいい機会になった。市場で買い物した時、楽しい(?)値切り方も覚えた。いい社会勉強、メキシコの人たちとのコミュニケーションの場だった。

 このツアーでストリートでの生活を送っている子どもたちと遊んで、考えたことは、「彼らは路上生活を送るべきではないのだ」ということだ。希望を夢を持った少年少女が、路上で生活することによって、「厳しい現実」に染められていくことを、非常に悲しく思う。やはり誰でも、特に子どもは、本来希望や夢に大きく成長させられるものであるのだから。

 このメキシコの旅で、多くの子どもたち、人たちと接したことは、私自身をひとまわりもふたまわりも成長させ、感謝する気持ち、人と人の関わりの大切さに、改めて気づかせてくれた。

 ありがとうございました。 

                    

指田直子(さしだ なおこ・会社員)

 2003年の夏、私はメキシコで、ストリートで暮らす子ども達、デイセンターに通って来る少年達、幼くしてシングルマザーとなった少女達と出会った。

 何冊かの本を読み、世界には路上で暮らす子どもが大勢いるという事実を、頭の中で理解してはいたけれど、実際メキシコへ飛び、自分の目と体でその事実を知り、心で感じた時のインパクトは、まるで別物だった。

 「ノコノコとメキシコまで飛んで来たけれど、自分にいったいなにができるのだろう?」と、常に自分の心に問い続けていたけれど、たかだか正味1週間の旅で、その答えなど見付けられる訳もなく、自分は本当にただのとおりすがりの日本人のひとりにすぎないんだと、感じた時の悲しさと空しさ、どこへぶつけていいのか解らない激しい憤り。この時、私はなにもできなかった自分に一番腹を立てていたように思う。

 メキシコ最後の夜、とうとう私の心はクラッシュしてしまった。ストリートに出てしまった子ども達と、私の生い立ちがまったく同じだったから、私は彼らにたいして思い入れが強すぎてしまったのが最大のミスだろう。

 メキシコで、出会ったすべての子ども達の未来が明るいものであってほしいと、遠く離れた日本の空の下で、今日も私は祈っている。 

     

笠原澄香(かさはら すみか・大学生)

 NGO「プロ・ニーニョス」で、路上から新しくデイセンターに通いはじめた子どもたちとスタッフとの話し合いの場でのこと。あるストリートチルドレンの子が、「人生にはそれぞれチャンスがある。そのチャンスをものにすることが重要だ」と言った。そして、「僕は闘っている」と。ストリートの生活は、自由で規則もなく、また昼寝て夜起きる生活スタイルやシンナーや麻薬などのために、なかなか止めることができないのだという。でもそれではいつまでたっても、その生活から抜け出せない。そういう生活を止めたいからがんばってセンターに通っているのだと言う。それを聞いて、こんなに小さい子どもたち一人一人が今の現状や自分たちの弱さ、不安などと闘って、必死に生きているのだと感じた。チャンスをものにして、自分の人生を切り開いていこうとしているのだ。

 また、子どもたちだけでなくスタッフの人も、「僕も子どもたちと接していく中で、絶望感に襲われることがある。でもそれに負けないようにがんばっている」と言っていた。サポートする側も不安を感じたり、絶望感に襲われたりしている。でもそういう気持ちに負けまいと頑張っている。子どもたちだけでなく、センターで働くスタッフの人たちも同じように闘っているのだと感じた。

 スタッフが子どもたちに話したことの中で、印象に残った言葉がある。それは「古い自分にならない。常に新しい自分になることが大切だ」ということ。毎日同じことを繰り返していたのでは、自分は古い自分になってしまう。新しいことを始めて、毎日新しい自分になる、毎日向上していこう、ということだ。これは、私たちにも当てはまることだと思った。毎日同じ自分でいるのでなく、日々変わっていこうということ。私も実践していこうと思った。

 NGO「オガーレス・プロデンシア」の定住施設でのこと。すごく印象に残った話を聞いた。それは、「子どもたちは食べ物や住む家を求めて、この施設に来ているのではない。ぬくもり、愛情、家庭的な雰囲気を求めて、ここへ来ているのだ」「愛というのは家庭から生まれる。そして、愛がなければ家庭は維持できない」という話だ。私は、家庭に居場所がなくなって路上にいる子どもたちは、路上にいることで様々な危険や犯罪にも巻き込まれるわけで、住む家や食べ物を与えて保護してあげなければならないと思っていた。柔らかいベッドだとかシャワーを浴びられる場所だとか食事だとかを、与えてあげることしか考えていなかった。しかしそういった物質的なものではなく、ぬくもりや愛情、家庭的な雰囲気というものを、子どもたちは何よりもずっとずっと求めているのだと知った。

 そして「愛は家庭から生まれる」という言葉。家庭というものがいかに大切かということ。私の家庭では、父が母を毎日のようにどなったり、けんかが絶えなかったり、そんな母がヒステリーをおこして私をぶったり蹴ったりなどということも、よくあった。どなり声を聞いているだけで心が病んでいくようで、なるべく家にはいないようにしていた。そんな家庭にいるのが嫌で、家族のことも嫌になってしまっていた。いつかこの家を出ていこうと、そればかり考えていた。

 私は、自分の家族のことはもうずっと前からあきらめていたけれど、ツアーに参加していく中で、自分の家庭というものをすごく考えるようになった。もう一度見直さなくちゃいけないかもしれないと思った。自分が一番向き合わなければいけないことから、目をそらしたらいけないんじゃないか、と感じてきた。

 メキシコに行って、いろいろなNGO,施設をまわったけれど、どこにいっても「愛情」というものが何よりも大切だということを教えられた気がする。問題の中には、もちろん「貧困」というものもあるけど、何より「愛情の欠落」である気がする。施設でも、物を与えるというより、愛情を与えようとしていた。

 メキシコにいる人たちは、愛情に飢えている。でも日本にいる人たちも、愛情に飢えている。自分の周りにいる人にちゃんと愛情を与えられているか、ということを考えた時、私の周りの人たち、特に家族との関係について、もう一度がんばってみようかなと思った。

徳満小百合(とくまん さゆり・留学生)

 8月半ばにメキシコに到着してから、約二ヶ月が過ぎた。実際に施設を訪れたのはスタディツアーのときだけだが、メキシコシティで生活する中で、様々なところで働く子どもたちを実際に見たり、一般のメキシコ人がその問題に対してどう考えているのかを耳にする機会が、少なからずあった。また、その中で矛盾を感じたり、疑問を抱くことが何度もあった。    

 まず最初に「カサ・ダヤ」を訪問した感想を述べたいと思う。「カサ・ダヤ」には20人ほどの子どもを抱えた若い母親たちが住んでいる。到着してから、まずは施設の活動について説明を受けたり、少女一人ひとりがどういう思いでこの施設に入ったのか、将来どういう方向に進みたいと考えているのかを聞いた。次に、母親や子どもたちと一緒に遊んだり、日本食を食べたりする中で、直接彼らから話を聞く機会を得た。また実際に施設で行われているアクティビティに、彼らと一緒に参加した。少女たちは、私が想像していたよりも皆明るく、親切で、責任を持って子どもの面倒を見ている、というのが率直な感想だ。施設の決まりを守り、働きながら、または勉強しながら、子どもの世話をしている。しかも、それぞれが将来のビジョンや夢を持って。

 しかし同時に、明るく楽しそうにしている彼らが、今どんな問題を抱えているのか、何を思っているのか、過去にどんな経験をしてきたのだろうか、と考えた。聞きたいことはたくさんあったが、初めて行ったその日に、彼らが背負ってきたであろう多くの苦しみを、軽々しく聞いていいのか、また私たちのたった一度の訪問を、彼らはどう思っているのか、迷惑ではないのだろうか、と思った。聞きたいことだけ聞いて帰るのは、無責任なのではないかと感じた。皆と話したわけではないし、聞いたこともほんのわずかだった。

 次に出会ったメキシコ人たちが、貧困層についてどう感じているのか、についてわずかだが紹介したいと思う。毎日のように地下鉄や道ばた、大学の中で物乞いをしたり、お菓子を売るなどして働いている子どもたちを目にする。また他人の同情を得やすい子どもを利用して、大人がお金を集める姿を見ることもある。メキシコに来る前に、本で読んだり、人から聞くなどして、メキシコには貧富の差が激しいことや、豊かな人々が貧しい人々を蔑視していることは知っていた。実際にメキシコに来て、やはりそういった考え方をしている人が多くいることを目の当たりにした。例えば、私が知っている女性は、職業でその人を判断し、貧しい人間を差別する発言をすることがある。「タクシーやバスの運転手は貧しい人間だから、息子は学校に行かせるが、娘には行かせない、女は働いていればいい、という考え方をいまだにしている」というように。彼女の職業は教師なのだが、自分が大学を出て学位を持っていることを鼻にかけ、貧しい人間と自分は違う、という口調で話しているのを何度か耳にしたことがある。もちろん皆がそういう考え方をしているわけではないが、ストリートチルドレンや貧しい人々に同情はするが、冷ややかな目で見ている人が多いようである。

 ずっとメキシコに住んでいる人は、誰でも「ストリートチルドレン」や「貧困」などの問題について考えるのではないか、と思っていたが、実際は皆そういう光景に慣れてしまい、貧しく生まれた人は仕方がない、と考えている人が多いようである。

初瀬未空(はつせ みく・大学生)

 今回ツアーに参加したわけだが、想像以上にハードだったが、自分がこのツアーで得ることができたものは多々あるように思う。

 参加前までストリートチルドレンの問題はメキシコならメキシコの国民の多くが認識している問題なのだろうと思っていた。しかし、行って話を聞くと都市の風景一部になっていると聞いてショックだった。実際、学生の子が普通に同じ年ぐらいのストリートチルドレンにパンを与え、すれ違う人は誰も気にしていないようだった。また、ストリートチルドレンに対する暴力やレイプなどの存在にもショックを受けた。自分がどんなに無知なのかを改めて感じた。

 そして、今回ストリートチルドレンを支援するNGOを訪問したのだが、その体制にとても興味を持った。最も興味を持ったのはプロ・ニーニョスだ。エデュケーター、デイ・センター、人生の選択という3つの段階で1人1人に合わせたストリート以外の人生の選択ができるように図る。そして、活動を行う上でそのスタッフ全員が同じ目標を共有し、情報の交換も密にしていた。これはNGO活動に関わらず、組織で動いていく上でとても重要なことだ。また、子供達と接する上でお互いに信頼関係を築くことが念頭に置かれていたが、これもまた相手が何を望んでいるのかを的確に判断するにはとても重要になるだろうし、その信頼の中であるからこそ子供達に素直に受け入れられるのだろうと感じた。また、プロ・ニーニョスでの活動の1つでマイクで自分が思うことを話すというのに参加させてもらったのだが、子供達の口から家族への気持ちが多く出ていたのがとても印象的でせつなかった。本当に望んでいるものは家族なのだと感じ、自分の家族のことを思った。

 他にもNGOを訪問したが、どのNGOでも共通に子供達への愛情を感じたのがとても印象に残っている。やはり子供には愛情のある所が必要であり、子供もまた愛情を感じることができる場所を求めているのだろう。

 今回のツアーで出会った人々はとても愛情豊かで、現実の問題ときちんと向き合っていた。今の自分を多くの場面で見つめ直したりもできた。自分に何ができるのだろうとも考えた。自分が今をがむしゃらに生きているのだろうかとも感じた。自分ができる事、今やるべきことを一生懸命やりぬいて将来に繋げていきたいと思う。また、自分の周りには海外や国際協力に興味を持った人たちがたくさんいるので、そういった人たちに今回のツアーのことを話していろんな人に伝えられたらと思う。このツアーでまた人と人とのつながりを感じ、自分のためになるいろんな経験ができたと思う。

2003年メキシコツアー主な日程

8/20(水)13:55        成田出発         

       17:18        メキシコシティ着     

 /21(木) 9:25〜17:00  プロ・ニーニョス訪問   

 /22(金) 9:25〜15:30  プロ・ニーニョス訪問   

       16:00〜19:00  青年センター訪問(サーカス教室) 

 /23(土)10:00〜18:00  カサ・ダヤ訪問     女性はカサ・

ダヤ一泊ステイ

 /24(日)     〜13:30  施設一泊ステイ続き      

       16:00        空港へ(オアハカへ)

 /25(月)             オアハカ 観光

 /26(火)17:00        オアハカ 観光  空港へ(メキシコシ

ティへ)

 /27(水)10:30〜18:30  オガーレス・プロビデンシア訪問

 /28(木) 9:25〜17:00  プロ・ニーニョス訪問   

 /29(金) 5:15        ホテル出発 空港へ

        7:25        メキシコシティ出発    

 /30(土)15:05        成田着

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