小学6年生にフィリピンのストリートチルドレンの話をして

会員・佐々木せかい

 ある小学校の先生から、会とも協力関係にある「世界子ども通信"プラッサ"」へ、「現地でストリートチルドレンに関わる活動をしてきた方々に、話をしてもらいたい」という依頼があり、今回その企画に参加させてもらいました。

 私は、昨年大学を休学し、フィリピンの首都マニラにおいてストリートチルドレンのための施設を中心にボランティア活動を行いました。私と同様にブラジルで活動していたプラッサの会員である辻さんと細貝さんの3名で、1クラスずつをうけもち、『世界の友だちはどんなことをしているの?』というテーマで、6年生を対象にストリートチルドレンについて話をさせていただきました。

 「フィリピンは何処にあると思う?地図を指してみて。」という私の問いかけに答えてくれた男の子。しかし指してくれたのはオセアニアのフィジー・・・前途多難な始まりとなりました。

 冒頭は文化や歴史、その後はストリートチルドレンの生活などについて説明しました。北部には棚田が、南部には美しい島々が広がる自然の豊かな国フィリピン。その一方で、マニラには10万人以上のストリートチルドレンが存在するといわれています。メキシコとは異なり、家族とつながりを持ちながら路上で労働をしている子どもの割合が高いことが、フィリピンのストリートチルドレンの特徴です。(実際、フィリピン国家統計局によると、家族を支えるために6人に1人の割合で子どもが働かねばならない状況にあるとのこと。)ストリートチルドレンという言葉を知っていたのは、クラスでも3〜4人程度。それでもその言葉を知る子がいたことは、驚きでした。兄弟の平均が2〜3人の子どもたちにとって、平均5〜6人というフィリピンの数字は驚きだったようで、「へぇ〜」とざわめきがおこっていました。時々隣の友だちとおしゃべりしつつも、私の話に耳を傾けてくれました。

 続いて、話だけでは飽きてしまうので、グループワークを行いました。椅子を用いて4畳ほどの広さをつくり、擬似家族体験。部屋の中で生活をしてもらいました。女の子4人は恥ずかしがりながらも、最後には川の字に寝てくれました。男の子7人は、窮屈すぎて結局家からはみ出してしまい、笑いが起きました。私は以前クバオ市にあるスラムに宿泊させてもらったことがあります。父は大工を母は清掃の仕事をする6人家族。その家の女性の寝室もそれと同じぐらいの広さでした。川の汚水の匂いと蒸し暑さで、私はその夜ほとんど寝ることができませんでした。その時の体験や、リヤカーひとつで路上に暮らす8人家族のストリートファミリーなどの話をしました。このワークは好評で、子どもたちも楽しんでいる様子でした。

 では、ストリートチルドレンは何故路上へと赴くのか。日本の子どもたちの実生活と重ね合わせて考えて欲しかったので、例えばもし親がリストラされたら・・・自分が叩かれたら・・など具体的にストリートチルドレンの気持が分かるよう日常生活を題材に話を進めました。そして、私が出会ったマイケルという男の子の話。また、現地で訪問したいくつかのNGOの取り組みについて、写真を用いて話ました。フィリピンでも路上教育活動、施設での活動、そして地域開発など多様な取り組みが行なわれているのです。

 恥ずかしがりの子どもたちでしたが、最後はたくさんの質問をしてくれました。しかし、ストリートチルドレンについてというよりはむしろ、国や言語、文化についての質問が多かったように思います。「どんなものを食べているのですか?」「サルやゴリラはいるんですか?」などなど。みんなの質問を聴いていて、フィリピンの子どもたちに日本についての同じような質問をされたことを思い出しました。子ども同士、お互いが少しでも関心を持ち続け、いつの日か相互交流できる日がくればと願っています。

 私自身が緊張していたこともあり、果たしてどれぐらいの子どもたちが理解できたのか・・・。哀れみではなく、友だちとして捉えて欲しかったのですが、そこまでは伝えきれずに終わりました。噛み砕いて話をすること、持続して話を聞いてもらうことの難しさを改めて実感しました。しかしながら、自分の活動を日本の子どもたちに伝えることができたことが、何よりうれしいです。今回、このような機会を与えてくださった先生方、そして尽力いただいた「プラッサ」の小池さん(私たちの会の会員でもある)に感謝したいと思います。

(ささき せかい・学生)

戻る