メキシコツアー2002参加者による感想文

武田さち子(主婦)

 メキシコツアーへの参加は2回目、娘は3回目(2回目は2年前に一人で参加)だった。再びツアーに参加した理由は、初めての3年前よりは少しは、会を通じてメキシコのストリートチルドレンのことが理解できていると思い、もう一度この目で実状を確かめたかったからだ。そして、もうひとつ、昨年2月に会の招聘で来日したガブリエラや息子のガブリエル、病気で来られなかったママ・ビッキーにもう一度会いたいと思ったからだった。

 ガブリエラの消息については、ツアーに出かける少し前から聞いていた。幼きシングルマザーの家「カサ・ダヤ」を出たこと。息子のガブリエルの世話を実母に任せ、HIVに感染した彼氏とつきあっているらしいこと。しかし、一足先にメキシコを訪れた会のメンバーから渡されたカブリエラの手紙には、来日の際の感謝の言葉と私たちのことをいつも思っていること、再び会いたいけれど会えないのが残念であることなどが書かれていたが、肝心の「カサ・ダヤ」を出たことや今の自分と息子の状況については何も書かれていなかった。

 一度非行に走った子どもたちは、何度も行きつ戻りつしながら、自らの人生を歩んでいく。なかなか平坦な道を歩みきれない。自分自身がとことん実感としてわかるまで、納得するまで、それは繰り返される。周囲はただ見守るしかない。何度でもやり直しがきくのならそれもいいと思う。しかし、世の中には取り返しのつかないこともある。HIV感染は私今の医学段階においては、取り返しのつかないことのひとつだ。そういったリスクを抱えた彼氏と付き合うな、とは言わない。ただ、ガブリエラがそのリスクをどこまで承知のうえで付き合っているのかが問題だ。一時の感情に押し流された結果だとしたら、彼女はきっと後悔をするだろう。息子のガブリエルはどうなるのだろう。HIV、エイズについて、ガブリエラはどこまで知識をもっているのか、それさえ定かではない。彼との付き合いのなかで、きちんと感染を避けるための措置をとっているのだろうか。実の兄からの性的虐待に傷つき、自分自身を価値のないものとして、自らを傷つけて生きてきた彼女だけに、ママ・ビッキーの助けを受けて、今度こそ絶対に幸せになってほしいと願っていた。その彼女の未来が閉ざされようとしているかも知れない。心配になった。

 ツアー5日目、メキシコ郊外にある「カサ・ダヤ」を私たちは訪れた。ガブリエラの消息がつかめないという話も聞いていたが、連絡がつき、私たちに会いに来てくれるという。

 ビッキーさんは、外出予定時間が差し迫っていたにもかかわらず、時間を延長して私たちに説明をし、質問に答えてくれた。そして丁度、彼女が門を出ようとしたところで、彼を伴ったガブリエラが現れた。メキシコ的な抱擁を繰り返すママ・ビッキーとガブリエラ。ビッキーさんは外出の予定も忘れたように、懇々とガブリエラとその彼氏に話しをしだした。言葉はわからなくとも、その熱意は充分に私たちにも伝わってきた。二人に話しをしたあと、今度は彼だけに何事かを熱心に話していた。その彼はつい先頃まで鑑別所に入っていたという。ベタベタと仲のよい二人。二人はHIVの検査を受けて、現在、結果待ちだという。彼のほうはほぼキャリアに間違いないだろうということだったが。一見、元気そうに見える二人。幸せそうなカップル。ガブリエラの顔が少し痩せたにもかかわらず、体型が気になった。もしやと思って聞くと、なんと妊娠6カ月だという。お腹のなかには彼の赤ちゃんがいる。「息子のガブリエルは?会いたかったのに」と問うと、3人で暮らしているという。今日は母親が面倒をみてくれているという。ただ言葉を濁しているように感じられた。もしかすると、ガブリエルを母親に預けっぱなしにして、新しい愛に突っ走っているのかも知れない。

 妊娠6カ月。このことで、ガブリエラがエイズに対して、何の対策もとっていないことを知らされる。自分やお腹の子には感染しないと信じているのだろうか。私自身、エイズに対する知識がさほどあるわけではないが、彼女が感染していたら、お腹の子が母子感染する確率は高いだろう。「母乳でなければ少しはリスクを下げられる」とツアー参加者のひとりが言った。しかし、メキシコで粉ミルクがどれほどの値段するのかは知らないが、それを買い続ける経済力が彼女たちに果たしてあるだろうか。

 日本にきた時、ガブリエラはまだドラッグを完全にはやめられずにいることをシンポジウムで涙を流し告白した。過去の傷を今なお癒しきれていない彼女。自分を大切にしきれず、一時の感情に押し流されてしまう、そんな危うさを持つ20歳にもならない若い母親。息子のガブリエルを愛おしいと話しながらも、男性の愛にすべてを捨てて飛び込もうとする彼女。彼女には彼女の人生がある。それは誰にもどうすることもできない。しかし、息子のカブリエルにとっては唯一頼るべき母親である。そのガブリエルから母親をも奪いかねない。そして、共に暮らせば、HIV感染のリスクをもたらす。新しい愛が彼女にもたらすものはなんだろうと考えざるを得ない。子どもができてなお、ストリートから抜け出そうとしない若い父親に見切りをつけて、ガブリエルのためにシングルで生きることを選んだガブリエラ。あのまま路上にいたら、この子の命はないものと思ったと語った。彼と一緒にいたら、自分もガブリエルも幸せになれないと別れることを決心したと語った。だのに今、彼女の選ぼうとしている道は・・・。

 彼は、自分がHIV感染していることを知りながら彼女を求めたのだろうか。そこに「マチズム」的なエゴはなかっただろうか。ガブリエラに甘えたように寄り添う青年。彼の瞳は暗い。その暗さにガブリエラ母子を引きずりこまないでほしい。今はせめて、彼女が後悔して泣くことがないように、「こんなはずじゃなかった」と人生を恨むことがないように、それだけを願う。たった数日、寝食をともにしただけの私たちがこれほど哀しい思いをするのだから、ママ・ビッキーの心中は察して余りある。「マチズム」とその悪循環を断ち切るために教育の大切さと愛情を注ぐことの大切さを語るビッキーさんの無念さを思う。

 「共依存」という言葉がある。自分に自信がもてない人間は、誰かに強く必要とされることでしか、自分の価値を確認できないのかも知れない。「自分を愛せない人びと」は、メキシコにも、日本にも共通する。特に若い世代に増えている気がする。人間をモノ扱いしてきた社会のツケだと思う。取り替えのきく部品。お金に換算される命。ヒトとモノとの違いがわからなくなる。人間として生まれてきたことの意味がわからなくなる。命の意味さえわからなくなる。

(写真・ガブリエラと筆者)

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