仲間たち、それぞれの人生
〜メキシコシティーより〜会員 工藤 律子
5〜6年前、二人は共に、多くのストリートチルドレンが集う北部長距離バスターミナルに暮らしていた。
アレハンドロとパブロ。歳は確かパブロが2歳くらい上だ。初めて路上で出会ったとき、ほかのストリートチルドレンと違い、二人とも、シンナーなどのドラッグはやっていなかった。アレハンドロは、地下鉄車両内で歌をうたったりアルミ缶を集めてリサイクル店に売ったりして、またパブロは得意の話術を駆使したピエロの芸で、日銭を稼いでいた。
彼らは何度かストリートチルドレンのためのNGO施設に入っては、路上生活を抜け出し学問を身につけてよりよい人生を歩もうとしたが、そのたびに、規則の厳しい施設生活に耐えられなかったり、あるいは大勢いる施設内の子どもたちとけんかしたりして、挫折を繰り返してきた。
そのうちにアレハンドロは、ドラッグに依存するようになり、それが禁じられている施設で暮らすことが、ますます難しくなっていった。
二人とも、家を飛び出し路上にきた理由は、家庭での身内による虐待だった。大半のストリートチルドレンがそうした過去の痛みを忘れようと、ドラッグにはまる。アレハンドロも、仲間に誘われ始めたドラッグを手放せなくなったのは、そうした理由からだろう。
パブロはしかし、仲間のしきたりに染まらず、ドラッグ依存症になることもなく、なんとか成人した(今18歳)。そこで、自ら決心して、NGO「カサ・アリアンサ」に頼み込み、「自立支援プログラム」に入れてもらった。現在、就職口を探し、自立資金を貯めるためにがんばっている。
「このままじゃいけない。まともな仕事を何もしないで大人になったんじゃダメだと思ったんだ。だから、施設に頼んで、自立を助けてもらうことにした。がんばって、そのうち自分の家を持つんだ」
持ち前の楽天的性格と陽気さで、パブロは少しずつ、ストリートチルドレン人生を抜け出し、一人前の大人になろうとしている。
一方、アレハンドロは、最後に定住を試みた施設をも飛び出し、いまだに路上に暮らしている。更に悪いことには、NGOが彼に行った血液検査の結果、HIVに感染しているらしいことがわかった。路上で売春行為をして、感染したらしい。ストリートチルドレンの多くが、ドラッグを買うお金ほしさに、そうした行為に走り、大人からHIVウイルスをうつされており、その割合は、年々増える傾向にある。が、アレハンドロ自身を含め、多くの場合、感染者本人は感染しているという事実を知らずに路上生活を続け、更なる感染者を生んでいる。かといって、アレハンドロのケースのように、NGOが感染を確認した場合でも、即それを本人に伝えることは出来ない。なかには、事実を知った瞬間に自殺をはかったり、やけを起こしてドラッグを乱用する子どもがいるからだ。感染しても、きちんとしたケアを受ければかなりの長生きが出来る可能性があること、新たな良い治療がみつかる可能性もあることなどを理解しないうちは、感染事実は伝えられない。
アレハンドロに望まれることは、とにかくNGO施設に来て、じっくり性教育とHIV/AIDSの説明を受け、病気を理解したうえで、感染事実を認め、受け入れ、治療に励むことだ。でないと、彼の人生は限りなく近い将来に終わってしまう。パブロのように、もしうまく18歳(成人)になって「まともな自立」を考えはじめたとしても、手遅れになってしまう。
「施設では、大勢の子どもがいて、いつも問題が起きて居づらくなってしまう。でも、ここ(路上)にはボクの居場所があるんだ」
アレハンドロかつて施設を飛び出したばかりの時、アレハンドロがそう話したことがある。これは、施設を飛び出してしまう子どもたちが皆感じていることだろう。ドラッグへの依存度の深さが、彼らを施設に居づらくしているのは事実だが、たとえそうであってもその場所に、彼らがずっと探し求めてきた「深い愛情」を見出させてくれる人がいれば、がんばって施設を「居場所」にできる子どもがもっといるはずだ。パブロのように、自分で人生を冷静に問い直せる子どももいるが、大半はそうではなく、やはり問題にぶつかった時に親身になって助けてくれる大人を必要としている。が、残念ながら、多くのNGOでは子どもの人数に比べ、彼ら一人一人の「愛情への欲求」に応えられるだけの職員を持たない。
アレハンドロは今日も、路上でドラッグを大量にやり、明日の希望も絶望も考えることのない生活を淡々と続けていることだろう。彼を少しでもましな人生に導ける人は、まだ現れていない。
路上の仲間2人は、今この時も、異なる人生、運命を歩み続けている。
(くどう りつこ・ジャーナリスト)