ペルーでの経験

会員  山田 奈緒

 大学院の入試が終わり、ほっとする間もないままペルーに旅立った。

 国際協力を研究する予定の私にとって、「第三諸国の現実」を見る今回の旅は非常に有意義なものであった。(余談だがその後ペルーで合格の結果を聞いて、この経験を生かした研究をしたいと現在意気込んでいる)

 日本からインターネットで「アクシオン・ポル・ロス・ニーニョス」というペルーの貧しい子どもたちを援助するNGO団体とコンタクトをとっていたので、さっそくリマの閑静な住宅街にある事務所を訪ねてみた。代表のハイメさんはとても丁寧に接してくれて、コンピューターでのメール管理の様子、様々な活動、事務所の運営などを約2時間にわたって話してくれた。

 スウェーデンのセーブ・ザ・チルドレンの援助を受けて活動しており、その活動資金を使ってキャンディーや救急キットを作っている。ガソリンスタンドやスーパーでそれらを販売し、その売上金で子どもたちにコンピューター操作や理容技術を学ぶための奨学金を出している。ちょうどカラバイージョという地域のごみ山で仕分けの仕事をしている子どもたちのところへ、この奨学金のためのアンケートをとりにいくというので私も連れて行ってもらった。夏のただでさえむっと暑い日、ごみ山からでるガスや熱気にはじめは躊躇した。ただよってくる臭い、飛び交うハエ、そんな場所で暮らし働く人々−−−これらの現実を前にしてどうしようもない無力な自分、どこから手をつければいいかさえもわからない途方にくれた自分がいた。それは私の考えていた国際協力が所詮「きれいごと」だったと気づかされた瞬間であった。

 地元の社会学を学ぶ大学生とともに、家を一軒ずつまわって12歳から17歳の子どもを探した。実際にそこで暮らしているおばさんたちが私たちを手助けしてくれ、歩きながら色々な話をしてくれた。たくさんの嫉妬やねたみがあること、家庭環境の悪い子どもが多くいること。たとえば母親が5人の小さな弟、妹を残して病死し、父親は他の女性と出て行った12歳の男の子は、奨学金のアンケートと聞いてもなんの興味も示さない。

 明日のパンを心配しなければならない子どもに1年後、5年後の将来を考えろというのは無理な話だ。さらにおばさんは、たくさんの外国人がここにやってきては写真を撮ったり、服や文房具を持ってくると子どもたちに約束して二度と顔をみせない、ということも話してくれた。子どもたちは期待することをやめ、外国人を見ると「写真をとるから」と隠れてしまうらしい。だが一人の子にアンケートをとっていると、一人、また一人とどこからともなく出てきて興味を示す子どもらしさにほっとさせられた。

 私が接した子どもたちはほぼ全員学校に通っており、読み書きもできている。しかし、彼らの母親となると、何人かは自分のサインしか書くことができないと恥ずかしそうに言っていた。

 子どもたちは義務教育を終えるとすることがない。したがって、ごみ山で働くことが唯一の仕事になってくる。そこから抜け出すにはこのような奨学金がもっと必要である。

 だが、これらの奨学金は必要最低限の知識、例えばコンピューター操作なら最も基礎的なもののみを教える授業のためである。それ以上の知識、すなわち「仕事になるレベル」を得るためにはまた別の奨学金をさがさなければならない。以前1年間専門学校に行くための奨学金をだしたところ、最初の1ヶ月しか出席せずあとの授業料が無駄になってしまった。この経緯から慎重にならざるを得ないということだ。

 アンケートが終わり、案内してくれたおばさんが私たちにコーラをごちそうしよう、と言ってくれた。炎天下でのどもからからだったので非常にありがたかった。が、コーラとコップを持つおばさんの手が真っ黒なのを見て、「今朝私もごみ山で働いていたの」という彼女の言葉を思い出し、「どうしよう」と一瞬迷いが走った。ありがたく飲んだが、後々までおなかの調子が心配だった。

 ひとつ、国際協力研究のフィールドワークをするための教訓ができた。

「なんでも食べ、飲める体にしておこう。」

 また別の日には、子どものための生活相談をしている事務所で、話を聞かせてもらった。

 サン・フアン・デ・ルリガンチョという地域にあり、ここはリマで最も貧困層が住んでいる地域のひとつだ。

 この事務所は公園の一角にあり、となりには身体障害者のための生活相談事務所があった。

 そこには毎日たくさんの人が相談に来て、子どものことはもちろん女性やお年寄りのドメスティック・バイオレンスの相談もたくさんあるそうだ。女性問題は別の事務所へまわす、というようなことはせず、ここではできる限り対応し、総合的な効果を望んでいる。私自身が神戸で在日外国人のための生活相談ボランティアをしていた経験から、外国人の問題でも女性関係は違う事務所、老人関係はまた別、といった結果的には無責任ともいえる対応に疑問を感じていたので、ここのシステムには感心させられた。

 相談結果の統計をとり、問題内容を地域ごとにみていくという研究も同時に行われていた。ある地域ではドメスティック・バイオレンスの問題が他と比べて多いという結果が出て、その地域性をさらに調べるという具合だ。

 また、アルコール中毒や麻薬中毒の人たちを集め、グループカウンセリングを行うなど、精神的ケアも行われている。

 「今必要なものは?」という問いには「一度にもっとたくさんの人の対応をしたいので、プライベートに話ができるよう部屋を仕切るしきりがほしい。」ということだった。

 なるほど部屋は入り口から三つに分かれており、一番奥の部屋が相談室となっていてがらんと広い。部屋の端と端に机といすが置かれて、間を仕切るものはなにもない。声はもちろん顔も丸見えでは話もしにくいだろう。

 私が相談員の人に「ストレスがたまるでしょう?」と聞くと、笑いながらお香を指差して、「これで気分をリフレッシュするの。」と言っていた。大学で社会学を専攻していたという彼女は、この「大変だけどやりがいのある仕事」を生き生きとこなしていた。

 帰国後も彼らとはコンタクトを取っており、できれば学生の間にこの事務所でボランティアスタッフとしてフィールドワークをしてみたいと思っている。

 ペルー人の国民性、社会システムから考えて「アクシオン・ポル・ロス・ニーニョス」は驚異的に「きちんと組織だった」団体である、というのが私の正直な感想だ。道路が整備されておらずガタガタと車が通り、建物が建設中なのに中で人が住んでいる(貧しい人々は自分たちで少しずつ建てながら生活しているそうだ)リマの光景からは想像もつかないほどきちんとしていた。そして日本のNGO団体よりもはるかに国に対して権力、存在感をもっている。

 欧米先進国のNGO団体から援助を受けて活動している途上国のNGO団体が、今後どのように発展していくのか注目していきたい。

(やまだ なお・大学院生)

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