報告 「子どもたちの明るい未来に向けて

〜被災地の子どもたちの現状と子どもの権利条約〜」


 時が経つにつれ徐々にうすれていってしまう関心。あの時、被害にあった子どもたちは今、どうしているのだろう。そんな思いを胸に、雨の降る2月3日(日)、東京国際フォーラムで開かれた、東京都国際平和文化交流基金「民間国際事業助成」助成事業報告会に参加しました。

 パネルディスカッションでは、まずコーディネーターの荒牧重人氏(山梨学院大学教授・子どもの権利条約ネットワーク副代表)から子どもの権利条約についてのお話がありました。

一人の人間として自立していけることが権利

 子どもの権利条約が国連で採択されて10年以上が過ぎ、人権条約の中では最大の締約国数(アメリカとソマリアを除く191カ国)を有しています。日本も1989年に批准し、日本国憲法に準ずる位置づけになっています。

 子どもは生まれる親も環境も選べませんが、日本国内でも多様性のある社会のなかで、いかに多様な出会いを気づきに変え、一人の人間として自立していけるかが大切なことです。子どもの権利条約は、決して理想を求めているのではありません。ユニセフが「静かな緊急事態」と言ったように、権利が侵害されているという現実とニーズに対応するための合意なのです。「恵まれない、かわいそう」な子ども、または「保護の対象」ではなく、子どもを「独立した人格・主体」としてとらえることを基礎としています。

 ところが、日本では「子どもの権利」はあまり評判がよくありません。「子どものわがままを増大させるのではないか」という声がよく聞かれます。重要なのは、子どもが自分の権利を認識し、他者の権利を尊重できるよう、おとながサポートすることです。私たちは「子どもの最善の利益」を常に考えなければなりません。

市民団体・NGO活動で条約を生かす

 現在、日本には400くらいの市民団体・NGOがあり、それらの活動には子どもが関わってくるのに、子どもの権利条約について検討したことがある団体はきわめて少ないようです。次の4つの点から、子どもの権利条約を生かしていく必要があると思います。

?事件のしわ寄せは子どもにいき、子どもは心身ともにマイナスの影響を最も受けやすい。しかし現状は、子ども自身が声をあげにくい。

?チャリティー的・恩恵的発想から、権利救済へ。子どもの生存や発達の権利が侵されているという現実から問題に取り組んでいく必要がある。

?社会の構成員として、コミュニティづくりにおいても不可欠の存在である。

?ほとんどの国が批准しているこの条約を生かすことで、政府や国内外のNGOと協働作業がしやすくなる。国際協力(協調)は、子どもの権利条約と日本国憲法の前文でも明示されているが、日本は経済的・社会的・文化的権利保障のための国際協力の取り組みが遅れていると勧告も受けている。

「子ども参加」は社会を変える

 子どもの権利条約は、子どもに対するおとなの約束事でもあります。子どもを「お飾り」や「みせかけ」として「参加させる」のではなく、子どもたち自身が参加していくプロセスで様々な力を発揮していけるようにする必要があります。例えば教育の機会を整えるプロセスに子ども自身が関わっていくという、従来のチャリティー的支援とは異なったあり方です。それは子ども自身の成長やエンパワーメントに貢献すると同時に、NGOの発展にもつながるでしょう。

 続いて、3団体の活動報告がありました。

★チェルノブイリ医療基金・菅谷昭氏

パレースカヤ・ゾーラチカ少年少女

音楽舞踊団と日本の子どもたち

 ウクライナでチェルノブイリ原発事故が起きたのは1986年4月。近隣国ベラルーシの多くの子どもたちが放射能汚染による後遺症、甲状腺ガンに苦しんでいました。1996年から現地で医療技術支援を行ってきましたが、「いつまでも負の遺産のままでいいのか。負の遺産をプラスにしたい」と思い、ベラルーシの高度汚染地帯に生きる子どもや若者と日本の子どもたちとの交流の場をつくることを考えました。子どもたちが対等な関係で、お互いの問題を話し、支えあう出会いの場を。

放射能の風から友情の風へ

 ゴメリ州モーズリ市に結成された少年少女音楽舞踊団“パーレスカヤ・ゾーラチカ”が、1999年夏に初めての日本交流公演を実施し、子どもたちは民間大使の役割を果たしました。子ども同士の交流が目的なので、もちろん出演料もなしです。そして、2000年春には、日本の若者たちがベラルーシを訪問し、2001年夏に、ゾーラチカの団員たちが再び来日公演を行いました。日本の若者たちが積極的に自主参加・協力し、互いの理解を助け合う場になったと思います。目に見える効果や成果を挙げるのは難しいですが、このような交流を継続することが大事だと思います。みなさんには、国内でも海外でも思いきって活動してほしいですね。

★特定非営利活動法人JEN・近田めぐみ氏

セルビアにおける社会的弱者児童に対する

心理社会的事業

 JENJAPAN EMERGENCY NGOS.)とは、紛争や自然災害の被災者、難民・国内避難民などの緊急から復興までの、精神的・経済的自立をサポートする国際協力NGOです。常に現地のニーズを最優先し、「誰が」「何を」「どのぐらい」必要としているか、現地で調査(政府や国連、すでに現地入りしているNGOと話をし、まだ支援の行き届いていない所へいき、質問表を使い、問題点・理想・リソースを把握)した上で事業を計画し、実施しています。

 1994年から旧ユーゴスラビアの各地で、紛争の犠牲となった難民・国内避難民・帰還民の方々の自助自立を目指しており、多岐にわたる事業の一つが、心のケアを目的とした「心理社会的事業」です。紛争によって、子どもたちは、「将来のことが考えられない、話せなくなる、協調性がなくなる、情緒不安定になる、引きこもる、コミュニケーションがうまくとれない」といった影響を被っています。そのような子どもたちにワークショプに参加してもらい、他の参加者と辛い経験を共有することで、少しずつ心の傷を癒してもらえるようにケアするプロジェクトです。

一方通行ではなく、参加者同士の助け合い

 20の行政区域で、各地域のニーズに合わせて、学校や社会福祉局と協力し、演劇や音楽、図工を使った45のワークショップを開催しました。参加者は、毎月1,000名以上です。難民となった方の中から現地スタッフや心理学者を採用しています。

 例えば、人口の3分の1が難民・避難民のある地域では、12名の難民の子どもたちと8名の地元の子どもたちが一緒に演劇ワークショップを行いました。お互いに異なる状況にあるにもかかわらず、一体感をもち、よい関係を築くことができたようです。難民の子どもたちが地域社会へ統合していく際には、言語の違いや難民収容センターでの孤立、他民族や地域社会からの偏見といった様々な障害があります。難民以外の、学校に通っている地元の子どももワークショップに参加することで、そのような障害が取り払われていくといえます。また、それまで共同作業をできなかった子どもたちが自信を取り戻したり、他の子どもに対して寛容になったり、アイデンティティを確立できたりという効果も現れています。演劇は、自己表現の方法として非常に重要で、トラウマやストレスからの解放にもつながっています。

 ワークショップでは、家に爆弾が落ちる絵、反撃する戦車、人が首吊りにあっている絵といった実際に見聞きしたことを描く子どももいれば、怒りを表した想像上の動物や、孤立した島のまわりに沢山のサメを描き、二者択一である自分の状況を表す子どももいます。紛争後、将来を悲観している子どもが多かったのですが、将来の夢を語れるまでに回復しているのが大きな成果です。

 そして、子どもだけではなく、親や地域社会へも好影響を与えています。親が問題を認識し、親同士が支え合い、ワークショップ終了後も自分たち自身で継続していきたいと言っています。

 「難民」といっても、みんな様々なスキルを持っていて、紛争によって手段を失っただけです。偶然の環境によるだけで、決して「特別な人」ではないのです。

 もうセルビアの状況がメディアに現れることはなくなりましたが、1994〜95年はちょうど今のアフガンのようでした。今後、アフガンも5〜10年と時間をかけて回復していくのでしょうが、現実を忘れないでいただきたいです。まわりの人と話をし、できることからしてほしいと思います。

★子どもの権利条約ネットワーク・菅源太郎氏

子どもの権利条約の実施・普及と

子どもの意見表明・参加をめざして

 子どもの権利条約ネットワークは、「子どもの権利条約」の実施・普及のために、?子どもとおとな、?国内と海外、?国・自治体とNPONGOのネットワークを結ぶことを目指して1991年に設立されました。学習講座では、参加者が主体的に学べるようにワークショップを取り入れ、子ども買春や子ども参加について幅広い話題を扱ってきました。

 子どもの権利条約学習講座のとりくみの成果としては、?子どもが報告し、子どもとおとなが意見交換することで、パートナーシップを築くことができた、?インドの児童労働やパレスチナ問題など、海外の問題を国内にひきつけて考える機会になった。国内と海外の問題は決して分かれているのではなく、密接につながっていると認識できた、?知識を一方的に伝えるのではなく、現場の声を届けることができた。参加者一人ひとりが講座をつくった、ということが挙げられます。

 今後の課題としては、縦割りを越えて協力する必要性があります。また、新たに、子どもの自主的な参加や活動を支えるファシリテーターの養成講座も行うことになりました。子どもの意見表明や参加をすすめるためには、それを支えるおとなの理解が必要です。

【感想】

 今回、チェルノブイリ原発事故の被害に遭った子どもと若者、セルビアの難民や避難民、そして日本や海外で権利を奪われている子どもたちと活動をともにする団体の報告を聞いて、子どもたち一人ひとりが持っている能力を発揮できる場があり、まわりで支える人たちがいれば、悲観的な状況からも立ち直り、回復することができるんだ、と改めて感じました。特に、それまで将来の選択肢を限られていた子どもが、他人との出会いや活動への参加を通して、将来の夢をもつようになる、という話は、私がフィリピンにいたとき、路上で働く子どもたちと一緒に活動をしたなかで感じたことでもあり、非常に強い共感を覚えました。

 世界のさまざまな問題を知るにつけ、「では自分には何ができるのだろう」と考えさせられます…。個人ができることは限られているかもしれないけど、その個人や団体がそれぞれの役割を担い、相互の交流をはかることで、お互いの経験や知識から学び合ったり、共通して抱える問題点について話し合ったりできればいいなと思います。そして、異なる環境にある子どもたちが交流し、現状を共有したり、問題解決のために意見を交換したりできる場を増やしていきたいと思いました。

 「ストリート・チルドレンを考える会」でも、秋にはNGO『カサ・ダヤ』のママ・ビッキーが来日できるよう、できるだけ多くの友人・知人に呼びかけよう!と思いながら会場をあとにしました。 (会員・高岡 真紀子)

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