メキシコ市政府のストリートチルドレン政策

PART 2

会員・工藤 律子

 PART1では、メキシコ市政府の政策を簡単にお話した。今回は、政府機関FINCA(ストリートチルドレンと依存症患者支援機関のための財団)で暮らす子どもたちの様子と、そこからみえてきたメキシコ市の政策の現実について、私なりの感想を述べよう。

 FINCA運営の施設、ビジャ・マルガリータを訪ねた際、そこに暮らす35人の子どもたちのなかの、主に女の子たちに話を聞いた。

「ストリートエデュケイターに誘われて、路上から一年前にここへきたの。ここでは、みんな仲良く暮らせて、楽しいわよ」

 そう話すのは、カロリーナ、17歳。彼女は今、生後六か月の息子ウリエルの子育てに忙しい。子どもの父親は路上暮らしの際に知り合った少年だが、今はこの施設で出会ったビセンテ(18歳)が、真のパートナーだ。妊娠中、施設に保護された彼女は、ここの職員たちの助けで、無事に出産した。優しく、気の合うパートナーをみつけ、幸せそうだ。

 ビセンテは、施設で紹介されたパン工房で働き、自立するための資金を貯めている。自分の子どもではないが、ウリエルの面倒もよくみる。18歳を過ぎ、大人になったため、本当は施設から自立しなければならないのだが、カロリーナ母子のためもあって、特別にここに暮らすことが許された。早く独立した家庭を築くことが、今の夢だ。 エリサベス(16歳)は、ここへ来てまだ一か月半しか経たない、ニューフェイス。コカイン中毒の母親を持ち、義父にレイプされたために、12歳で家出し、路上生活を続けていた。ねぐらにしていた場所の近くで物売りをする、親切なおじさんの勧めで、何度か施設に入ったが、いつも数カ月で脱走した。路上でコカインを手にして以来、麻薬無しの施設での生活が、特に辛くなったからだ。今回もまた、おじさんに勧められて、ここへ来たが、今度こそ、脱走せずに、路上暮らしと縁を切る努力をするのだと言う。

「知りあいの、やっぱりコカインをやってる13歳の男の子のことを見ていて、思い止まったの。だって、会うたびに、痩せていくんですもの。彼のようになったら、死んでしまうかもしれない、と考えたら、がんばってヤクをやめなきゃ、と思った。(コカイン中毒の)母さんはやっぱり私を必要としているから、いつか家に戻らなきゃいけないし」

 小学校しか出ていない彼女はまもなく、この施設から、単位制の公立中学に通い始める。将来のために、ここで得られるものをしっかり身につけて、家に帰るためだ。

「人間、なんだってやる気になれば、やれるものよ!」

 エリサベスは過去を乗り越え、家族の役に立つ人間になる為に、自分に気合を入れる。

「ここに来たのは、二度目なの」

 そう言うカルラ(15歳)は、現在中学一年生。ここへ来て半年が過ぎた。

「以前、一度エデュケイターに誘われて来たことがあったの。でも、その時は途中で脱落してしまった。でも、そのあと思いなおして、今度は自分で訪ねてきたの。ここで勉強して、それから家に戻りたいから」

 彼女は7歳の時から路上で暮らしてきた。幼い頃両親が離婚し、大好きだった父親が家庭から姿を消した。そしてすぐに、暴力的な義父がきた。それが、家出の原因だった。

「でも、今は母さんが2週間おきに訪ねてきてくれるし、ここを出たら、父さんとも会えることになっているの。だから、しっかり勉強しなきゃね」

 時々訪ねてくる母親と話し合いを持てたことが、彼女の未来に希望をもたらした。

 この施設にいる子どもたちは皆、のんびり、ゆったりと暮らしている。「いまだに、ストリートの癖が抜けず、ベッドに眠れない子がいるんですよ。外に置いてあるドラム缶の中で寝るのです」と職員は嘆くが、それができる環境が、ここにはある。敷地が広く、庭は荒れ野のようで、ストリートチルドレンの集まる空き地や廃屋、公園の片隅と雰囲気が似ているからだ。それが、かえって子どもたちに安心感をもたらしている気がする。

 実は、私が約五年前から追いかけているストリートチルドレンの少年、アレハンドロ(15歳)も、2年ほど前、一年間ここに暮らしていた。路上慣れした彼が一年同じ施設にいた、ということは、ここがそれなりに居心地がよい所だ、ということを示している。しかも、一年目にアレハンドロが脱走した理由も、仲のいい少年が、同じ施設内の別の少年と揉め事を起こしていたため、「脱走に同行」したためだった。揉め事さえなければ、そのまままともな生活に戻れたかもしれない・・・・ 、とここへ来てみて、思った。

 ただ、この居心地の良さも、ある意味では、この施設のキャパシティが100人前後であるにもかかわらず、実際にはまだ35人しか子どもがいないからだともいえる。数が少なければ少ないほど、職員は子ども一人ひとりのケアをしやすいから、揉め事が起きにくい。起きても、皆の話し合いで解決できる度合いが高い(実際、ここでは週一回、子ども全員が本音で話す会議が開かれる)。これが、60人、100人となってくると、職員の数が子どもの数に比例して増えないかぎり、トラブルは避けがたくなる。あるNGO施設では、一時、路上から来たばかりの少年少女が100人以上暮らしていたことがあり、その際はトラブルが頻繁に発生し、子どもの出入りが激しかった。

 NGOのエデュケイターたちが指摘していた、職員の質、という面でも、子どもの人数が少なければ、大して経験・素質のない職員でも、マン・ツー・マンの対応をすることで、ある程度、子どもの要求に応えることができる。が、大勢だと、そうはいかない。

 また、今のところ、ビジャ・マルガリータでは「ほかのNGOにいた子ども」を受け入れている割合が高く、自前のストリートエデュケイターが直接路上で勧誘してくるストリートチルドレンは少ないため、一気に人数が増えることはない。これは、ストリートチルドレンへの支援に長年熱心に取り組んでいるほかのNGOに比べると、非常に消極的で、問題に取り組む熱意に欠ける点だ。

 FINCAが設立された年、私は路上で顔見知りの子どもたちと話している時によく、「FINCA」と書かれたバンに乗った「弁当支給隊」に出くわした。そう、彼らは初めの頃、路上の子どもたちに、無料の食事を配っていたのだ。しかも、ビフテキやローストチキンといった、NGOのストリートエデュケイターが「私たちの食事よりも豪華」というほど、立派な食事を、である。この政策はその後、NGOの抗議で中止された。

「NGOは長年、子どもたちが自発的に路上生活をやめられるように、あらゆる点で気を使い、支援を続けてきました。彼らが路上生活にのめり込む原因となるような支援形態を、極力避けてきたのです。その一つが、お金や物をあげることです。彼らは、路上でも心地よく暮らせると知ると、よほどの理由がないと、親しい仲間との路上生活を捨てようとはしなくなります。だから、私たちは敢えて路上で物資は提供せず、“食事などはすべて施設に用意して待っているから、いつでもおいで”と誘うのです。そうした努力を無視して、市政府が豪華な弁当を配って歩いたのでは、すべてが無駄になってしまいます」

 FINCAの弁当支給隊の過ちを正したのは、長年の活動実績を持ち、ストリートチルドレン問題をよりよく理解しているNGOだった。

 メキシコ市政府は現在、NGOとの連絡会を開き、そのノウハウから学ぶ姿勢を示している。が、今後はそうしたNGOとの連帯関係をより重視し、強めながら、これまで市長が交代するたび(四年ごと)にコロコロ変わっていた政策を、より長期的な、中身のあるものに変えていってほしいものだ。そうすれば、長い年月に渡って、施設と路上を行ったり来たりするストリートチルドレンが多い現状を打開する方法がみつかるかもしれない。