No.74

2000年スタディツアー報告1

東山 めぐみ(会員・大学生)

 今回、スタディツアーという形では、初めてメキシコを訪れたが、今までの訪問とは違い、ストリートチルドレンの問題を少しだけ深く知ることができたと思う。4つの施設訪問はスケジュール的にハードだと感じたこともあったが、結果的に4つの施設をまわることができてよかったと思う。なぜなら、4つの施設それぞれに特徴があり、最終的な目標は同じにしろ段階に大きな違いを感じたり、子供たちの表情も微妙に違った気がしたからである。                                      

 カサ・アリアンサは、より組織的であった。規模も大きいし、スタッフの人数も多い。そして、子供たちの精神状態などの段階をみて次のステップに進めるように大人が頭で考えて物事を順序立てていた。それがいいか悪いかは別として、客観的に見れば組織が大きくなれば、ある程度そうなっても仕方ないことは理解できるが、他の施設と比較したとき、もし自分がストリートチルドレンだったら、正直、カサ・アリアンサには入りたくないなと思った。スタッフと話していても、自分の頭がフル回転になっただけで何かを感じるということがなかったからである。

 オガーレス・プロビデンシアは、チンチャチョマ神父が亡き後、彼の精神をどのように伝えていくのか心配になった。彼は、子供たちがドラッグを止めるように自分の身を焦がしていた。ただ単にタバコの火を自分に押しつけているだけだったら子供に気持ちは伝わるはずがないし、それだけ彼には愛情があったから、その愛情でオガーレスは維持されていたように思える。子供たちが、オガーレスの存在を知ったキッカケも「チンチャチョマって神父がいるから、一度会ってみなよ」という子がほとんどで、子供のくちこみというわけではないが、同じような境遇で生活をしていた子にいわれたら「会ってみようかな」という気になるであろう。また、子供にそういわさせる神父は単純にすごいと思う。

 神父のような存在感が、まだ残っているのはダヤである。施設を飛び出す子は、ほとんどいないし、それはビッキィーさんの愛情や気持ちが子供たちに伝わっている証拠だと思う。夜中に「何があった訳じゃないけど、わたしの事を愛してるって言って。それだけで落ち着くから」と電話をかけてきた女の子の話は、ストリートチルドレンだけにいえる話ではなく、世界中の誰にでも共感できることだと思うし、人間の心の原点をついている言葉だと思った。誰かに愛されたことのないひとは、誰かを愛することはできないし、愛してほしいと願ってつくった子供と2人きりになってしまったダヤの女の子たちに「自分の子を愛しなさい」と説教するわけではなく、ビッキィーさんが愛情を持って彼女たちに接することで、彼女たちはこれから様々なことを学んでいける気がした。

メキシコで考えたことは、ストリートチルドレンの問題は、ストリートチルドレンだけの問題ではないということであった。結局、広く見ればメキシコ社会の問題であり、一番やっかいなのは貧困によって(それだけではないが)親が自分の子供を愛せない状況にあるということである。子供たちには、人間が生まれて成長していく過程のなかで最初の基盤になるものが欠落していた。メキシコは今や発展途上国ではなく、中進国だといわれているが、現在ストリートで暮らしている子供たちを誰が守って救い出せるのだろうか。難しい問題である。


松葉 温子(非会員・大学生)

 メキシコ・シティにはストリートチルドレンが約3万人いる。私が、ツアーの8日間で、出会った子供達はその一部にすぎない。しかし、プログラムに参加し、ストリート暮らしをはじめ、そこから抜け出していく各段階の子供達と交流したり、NGOのスタッフに話を聞いたりするうち、彼らの置かれている状況や立場、暮らしてきた環境など、そういった全体的なものがわかってきた。また、その中で彼らの目に見えない心の傷を見た気がする。

 はじめに私が出会ったのは、カサ・アリアンサの避難所の子供達だ。音楽を大音量でかけて踊ったり、粘土細工を楽しんだりする子供達の印象は、想像していたよりもずっと明るくて元気な子達だなぁというものだった。しかし、その印象はほかの施設の子に会ったり、話したりするうちに少しずつ変わってきた。なぜなら、避難所やストリートの子供達にはない、生きいきとした瞳を持った子供達によって、私のその第一印象は薄められたからだ。

 はじめに出会った子供達は、明るいとはいっても、やはり定住ホームに移り、自分の目標をしっかりと持って生活している子供達の表情とは全く違う。同じようにストリート暮らしをしてきて、段階を経て成長してきた子供達に会った後では、彼らのどこか寂しげで、かげりのある表情が強調されて思い出されるようになった。私はここで、自分を知り、やりたいことを見つけ、そして努力するといったことの重要さを強く実感した。

 親との生活で、自分を否定してしまったり、表現することを止めてしまったり、悲しさや空腹から逃れようとシンナーに手を出してしまう子供達。そういう子供達をもっと傷つける悪い大人達。彼らの力になろうと、献身的な活動を続けるNGOのスタッフ達。社会を見つめることなく、数字の上での成長ばかり追う政府。メキシコは確かに「食べて歌って飲んで」というとてもエネルギーのある国だ。しかし、貧困という問題が一人、また一人とストリートチルドレンを生んでいる。豊かさとは何か、経済的にすでに豊かである日本人ですら、その本質を知らない。

 子供達の中で一人、私のことを“星”だと言ってくれた子供がいる。自分はメキシコにいる“月”で、自分達に会いに来てくれる人たちは星なのだと、スペイン語とメモに書かれた月と星の絵を指ながら、私にそう伝えてくれた。短い時間しか、一緒に過ごせなかったにもかかわらず、とてもうれしい言葉だった。私はきっと、一生この言葉を忘れない。

 私はメキシコで、たくさんのことを吸収し、いろいろなことを感じ考え、刺激を受けて帰ってきた。自分自身や自分の生活を振り返り、いったい何ができるだろうと真剣に考えた。とりあえずは出来ることから、身近なことからはじめたいと思う。まずは、今関わっている日本の子供達に「うんこをかけられたダイヤ」と、メキシコの友達の話をしたい。子供はいつも私に贈り物をくれる。手を引いてあげられる大人を目指しながら、実は彼らに導かれている。わたしが与えるものよりも、彼らに与えられるものの方がはるかに大きい。私は、日本、メキシコそして世界中の子供達の“星”になりたい。


中川 葉子(会員・公務員)             

 子供も大人もみんなたいへん・・・が、正直な感想。だから、やっぱり大人が頑張るしかないでしょう。自分のため=自分が満足すること、がみんな(子供達も含めて)のためになるのでしょうから。

 子供達の笑顔・・・あれは、まさしくメキシコの大人達からの贈り物かな。曖昧でなく、きちんと意思表示をすること=自分の考えを持って生きている人の笑顔は素敵に輝くのでしょう。メキシコの人々の笑顔は素敵でした。自分の考えを持つということは、万人に認められる事ではないのでした。良し悪しより、visionを持つことができるかできないかが先決かなと。確か隣人を愛することは、万人を愛することより難しい・・・というような意味の言葉がありましたよね。自分の考えがない者にそれは出来ない。日本の大人達は、心からの笑顔を子供達に見せてあげられているのでしょうか?大人の後姿を見せて子供に育て(昔ながらの日本の職場でもありがちなことなのではと思うのですがですが)、というのは逃げのような気がしています。visionがあれば、真正面から話をして、やり取りができるのではないかと。言葉が喋れるのであれば、やり取りをするために言葉を使える人にならなくては。黙って後姿を見せることと、やり取りをすることを上手く兼ね合わせなければいけないのではないかと。そんなことを改めて思っています。

 そのままの君でいいよ、と愛すること・・・「カサ・アリアンサ・メヒコ」のスタッフ、「オガーレス・プロビデンシア・ラ・ビダ」のティオ、「プロ・ニーニョス」のスタッフ、「ダヤ」のママ・ビッキー、「オガーレス・プロビデンシア」のテイア・テイオが、そこに居るだけでそれは十分に伝わる。そんな彼等と触れ会えたことに感謝。彼等はすごい!

 人が人として生きていくのに、一人では生きていけない・・・そして何かの役に立っていたい・・・その実感が得られないと人は生きていけない。それでみんなたいへんで、みんなが模索しているのかもしれないね。子供も大人も同じなのかもしれない。

 人が自分の食い扶持を自分で作っていたとしたら・・・お日さまと風と雨と緑の中で、朝は暗いうちから畑を耕し草を取って、山へ枯れ木を拾いに行き火を炊いて、川へ水を汲みに行きついでに水浴びをし・・・。私の生活はもう充分に日本の消費近代社会の中にどっぷり浸かっているし、そうはなり得ないのだけれど(なぜといって、私は自然と一緒に生活していこうとするほどには自然を愛せていないのです)、メキシコシテイの空気を思うとそんなことを考えてしまいます。私の生活の中に普通に存在する、スイッチをパチンとすれば点く電気とか車やらリモコンやらこのeメールとか・・・。考えて使わなければいけないものなのですね。



松本裕美(会員・看護婦)

 スタディーツアー初日、ある施設で私は見覚えのある少年と出会った。私の記憶が正しければ、彼は昨年出会った少年に間違いない。昨年少年は初めて会った私達に対しとても人懐っこく、そしてやさしく接してくれた。

ところが目の前に居る少年は昨年出会った少年に似ているものの何かに怯えているようで、反応が乏しく、また昨年出会った時よりも小さく、別人のようにも見えた。結局、私が知っている少年なのかわからないままその日は終了した。      

 後日、通訳の方からスタッフへ彼のことを聞いてもらったところ、彼は確かに昨年この施設に居たということがわかった。しかし再び彼はストリートに出た。そしてドラッグづけになり救急車でかつぎこまれた。ドラッグにより彼の脳神経は破壊されたということも知った。全体的に少しやせ細り、表情は乏しく、発語はほとんどなく、行動は促されなければほとんどできない。食事中もボーっとしており周囲を挙動不審な状態でみわたしている。みんなが次々に食べ終わり席を立っていく中、彼は最後までその状態で残っている.。

 話をしてくれたスタッフは「スタッフも同室のこどもたちもみんなが今全力で、彼が良くなるようにかかわっている」と力をこめて言っていた。その言葉を聞いて、また彼の周囲を見ていて、彼にかかわる人達が愛を持って彼と居るのだと感じた。

 昨年出会った彼がこういう状態になるとはとても想像できなかった。何故こうなったのか、どんなに怖い思いをしたのか、追い詰められたのか、苦しんだのか、何を考え、またどんな日々を過ごしていたのか、詳細についてはわからない。しかし彼との再会は私に大きな衝撃、切なさ、を与えた。そして彼の回復を願う気持ちと、回復した彼に会いたいという気持ちも残した。

 今回、4つの施設を訪問して共通点があることを感じた。それはそこにいるスタッフが本当に愛をもって働いている、子供と一緒に居るということ。そして子供達も彼らを好きなのだということだ。

 また一方で今回私が体験したようなことやそれ以上の悲しい、残酷な状況に陥った子供を目の当たりにするスタッフへの精神的な打撃が多いことも考えさせられた。

 この旅でいろいろな環境に居る人々と出会って、自分自身を振り返ることや、新たに学ぶことができた。そしてさらにこの問題に関わり続けたいという気持ちが強くなった。それが自分にできることでもある。


篠田 和美(非会員・大学生)

 メキシコから帰ってきて、友達によく「メキシコ楽しかった?」って聞かれた。私はいつも答えるのに戸惑ってしまう。一方では本当に楽しかった。新しい友達ができ、メキシコ人と笑って、歌って、踊って、おいしい料理を食べて。でも本来の目的ストリートチルドレンに会うということに関しては私にとって衝撃以外の何物でもなかった。

 ストリートに出て実際子供たちにあったとき、私は体が動かなくなった。恐かったからだ。霞がかかったようにどこを見ているかわからない子供たちの視線。握手をする手はシンナーで濡れていた。同じ子が何度も私の名前を聞いて来たりもした。本当はもっとフレンドリーにニコニコして一緒に遊んだり話したりしたかったのに、現実に圧倒されてしまっていた。そんなことにひるんでしまう弱い自分がくやしかった。

 彼らにあった後、頭の整理がつかなかった。自分がこれから何ができるんだろう、何をすべきなんだろう?突きつけられた現実が私には物凄く重くって、先の見えないものに思えた。

 カサリアンサのような施設に入ってくる子はほんのわずかで、実際は多くの子路上で生活していた。草の根運動じゃないけど、わずかでもいい、一人でも多くの子がストリートから抜け出してほしい。

 私の見てきた現実は、ここにいるよりもっとホットでリアルだった気がする。でもこのパンチはちょっとキツスギルヨ・・・・

 

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