みんなちがって、みんな大変!
その32・幸福の条件

篠田有史

 日本をかすめて通り過ぎていった台風3号が、まだフィリピンで猛威をふるっていたころ、ぼくはフィリピン・ルソン島北部の山奥の村でその影響下にいた。日本では足早に過ぎていく台風もフィリピンではノロノロと居座り続ける。日本では刻々と変わる台風の位置や進路から、一週間先の天気までが(当たるかは別として)分かるのに、フィリピンの山深い村では、明日の天気どころかその日の天気さえ予測がつかない。ほとんど絶え間なく降り続ける雨をうらめしく思い、夕方西の空が少し明るくなると、明日は晴れるに違いないと期待しては何度も裏切られた。
 ちょっとした空の明るさ暗さに一喜一憂するぼくにひきかえ、村の人たちは淡々と暮らしていた。大人たちは雨の中を合羽をきていつものように田畑へ働きに出かけるし、子どもたちは軒下でコマをまわしたり、小降りになれば広場にでて遊んでいる。
 この村の人たちはほとんど何も持っていない。少なくとも有り余るほど物を持っている日本人からはそうみえる。まず電気がきていないから電気製品と呼ばれるものは何もない。安物の電池式のラジオがあるくらいだ。本も雑誌も新聞もない。あるのは子どもの教科書だけ。しかし、それでもひとは暮らしていけるのだ。幸せに。
 朝4時過ぎ、まだ暗いうちに村人は起き始める。ニワトリがうるさく鳴き始める。ドスンドスンと石臼で稲を搗く音が響いてくる。稲を搗くのはたいてい子どもたちの仕事だ。幼いころから子どもたちは杵をもつ。ご飯を炊くのも主に子どもたちの仕事だ。もちろん、電気炊飯器などはないから、いろりで火を起こすところから始めなければならない。おかずは朝畑へいって採ってきたカボチャやキャベツなどの野菜か塩辛い小魚かラーメンだ。ラーメンといってもスープはほとんどなく、それ自体をおかずにする。しかし、一食に食べるのはこの中のどれか一種類だけだ。それも、ほんの少し。そして主食のご飯を、日本人の倍以上食べる。しかも、朝からたっぷりと。
 食後はニワトリやアヒルそれに犬に餌をやる。餌は残り物のご飯だ。ちなみに、ここでは犬はペットではなくニワトリやアヒル同様、家畜である。だから、役に立たない犬は食べられる。
 学校は朝8時から、しかし、みんな5時から起きているから7時過ぎには学校に子どもたちが集まってくる。男も女も大人たちは田んぼへ稲刈りに出かける。フィリピンでは二期作のところもあるが、ルソン島北部の山岳地帯は比較的涼しく、米は1回しか採れない。田植えは2,3月で刈り入れは6,7,8月。というわけで刈り入れは雨期の真っ最中、雨の中で稲刈りをするのも珍しくはない。稲刈りをするのは、女性の方が多いし、概して女性の方が労働時間は長い。ただし、男女の仕事の区別はなく、男も炊事や子守りをする。
 3時を過ぎると子どもたちが学校から帰ってくる。また、稲を搗く。そして夕食までのひとときを友だちと遊ぶ。夕食はあたりが暗くなりはじめるころ。空瓶を利用した灯油ランプを明かりに、板の間に座って家族みんなで食事をする。相変わらずの一品のおかずに、たっぷりのご飯。
 あたりが暗闇につつまれホタルが飛び交う8時半、寝る支度が始まる。といっても板の間にゴザのような物をしいて毛布をかぶって寝るだけだ。子だくさんで寝るスペースがないときは、子どもたちは近所の親戚や友だちのところへ泊まりに行く。
こうして一日が終わる。とても単純な生活。確かに、電気がなく、物がなく、情報もない生活は肉体的にはきつい。楽ではない。病気など大変なことも多い。しかし、小さなランプの灯を囲みワイワイいいながら家族みんなで食事をしている風景をみていると、決して不幸であるとはいえない。むしろ、ぼくらよりずっと幸福に思える。たくさんの物や情報が幸福になるには必要だと、それを得るためにはとにかくお金だといつのまにか信じ込まされてきた。そのために、どれだけの労力と犠牲をはらってきたことか。しかし、そんなものはほとんど意味のないものだということが、ここへ来るとはっきりと分かる。ここには、人とのきずながしっかりとある。それこそが幸福の条件であり、ぼくらがほとんど失いかけているものだ。

(しのだ ゆうじ・フォトジャーナリスト)

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