No.71

メキシコを訪ねて

久松 貴美子(非会員)

 2000年2月21日から3月6日まで、私は友人と共にメキシコを訪れた。目的の一つは、メキシコの子どもたちの現実に触れ、少しでも彼らの現状を理解することから、自分を見つめ直したかったからだ。
 今回訪問させていただいた施設はダヤとカサ・アリアンサの二つ。
 まず幼くして子供を産んだ少女たちのための施設であるダヤでは、ベビー・シッターとして働かせていただいた。私自身出産の経験はなく、身近に乳幼児がいないため、赤ん坊を落っことさないようにと、赤ん坊の抱き方を始め、基本をつかむまで苦労した。赤ん坊はかわいかった、確かに。しかし、それは他人の子どもだったからだろうか。
 ダヤで生活をしている母親の多くは十代だったようだ。スペイン語が出来なかったため、彼女たちから詳しい話を聞くことは出来なかった。しかし、一人印象に残ったのは15才の母親だ。彼女は、週末になると子どもを他の母親に預けて彼氏の家にお泊まりに行く。まだまだ恋をしていたい。自分の人生を送りたい。主観的ではあるが、彼女の行動はそう読みとれた。子どもに対してあからさまな嫌悪感を表す。子どもを意図的に放っておく。私のことを「パパ」と呼ぶようになった子どもに対して、「じゃ、お母さんは要らないね」と真顔で言う。彼女の人生だから、彼女が生きていて心地がいい生き方をすればいいと思う。しかし、では誰が子どもを育てるのだろうか。彼女もこのディエレンマに悩まされていたように思う。
メキシコでは中絶はほとんどされないと、日本語の流暢なメキシコ人女性が言っていた。それは宗教上の理由からというよりは、人々が出来た命を殺す理由をもたないからだと思うと話してくれた。理由はさておき、少女が出産した場合、その赤ん坊を誰が育てるのか?出産した女性、または彼女の家族だという。では母親もその家族も養育を拒否した場合は??。そのような子どもを誰が見守っていくのだろう。ダヤのような施設か、あるいは路上に出るのだろうか。誰かの支えが必要な時に、支えとなる人がいる環境。それがダヤであり、次に述べるカサ・アリアンサであると思う。
 カサ・アリアンサではエイズプログラムを見学させていただいた。施設では、エイズを発症した子どもたちが、(元)ストリートチルドレンと共に生活していた。共に遊び、共に学ぶ。スタッフのお話によると子どもたちはエイズを発症している子どもたちを理解し、自然に一緒に生活しているとおっしゃっていた。私たちが訪問している期間中に、施設にエイズ末期症状の少年が運ばれてきて、翌日亡くなった。このことは、同じ病をもつ彼女たちに衝撃を与え、結局それ以後は外部の人間の施設訪問はしばらく中止となった。その間も、スタッフは彼女たちと正面から向き合い、受け止め、愛を示し続けていたと、他のスタッフから伺った。 彼女たちと直接話をする機会は持てなかったが、病と共に生きる彼女たちが、スタッフの暖かいケアに支えられ、少しでも彼女たちが望む生き方をできるよう、願うばかりである。
 彼女たちのように、メキシコではHIVの感染が、そして前述したように幼くして子どもを産む少女たちの数が増加しているという。その理由の一つに、コンドームの使用率の低さがあげられると、スタッフの方が話して下さった。メキシコ男性の多くにとって、コンドームを着けると言うことは「男らしくない」行為であるらしい。その「男らしさ」、にこだわる人々には、薬局でコンドームを買うことは恥以外の何物でもないという。
 私がここに書いた話は、科学的統計学的分析に基づく事実ではなく、今回メキシコを訪れた私と、出会った様々な人々の単なる主観の羅列である。しかし、主観とはいえ、この体験から私は、メキシコ・シティにはメキシコ・シティの、メキシコの地方にはその地方の、出産・中絶やHIV予防等性/性行動に対する価値観が存在し、それは私のそれと大きく異なることを実感した。一つの価値観に基づく政策を他に押しつけるのではなく、それぞれの価値観にあった、より有効な対策を編みだし、実施していくことが、その文化の中で心の叫び声をあげている人々にとって大切なんだと思う。
 今後もダヤそしてカサ・アリアンサのスタッフが、彼ら彼女らをより暖かくケアしていかれることを心より願っている。そして、私も今回の訪問から得た事を、自分の生活の場で実際に活かしていきたいと思う。
 このような訪問の機会を与えて下さり、誠にありがとうございました。

(ひさまつ きみこ/看護学校生)

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