親の知る権利について

武田さち子

ご存じのように、日本の親には子どもに教育を受けさせる義務があります。では、教育における親の権利はというと、学校教育法体系のなかで親の権利は位置づけられていないのです。
 例えば、学校の授業中の事故でわが子が死んだ、あるいは、子どもに突然自殺をされて、その原因がわからない親が、「学校で何があったのか知りたい」と思っても、学校側の自発的な意思で情報が開示されない限り、親には知る権利がないのです。
 前田功さんと、千恵子さんの次女晶子さん(当時つくし野中学校2年生)が、夏休み最後の日、「明日、どうしても、つくしの中学校に行かなければならないの?」という電話の声を最後に鉄道自殺したのが1991年9月1日。それから実に8年目の99年11月に、ようやく「学校の調査・報告義務を問う訴訟」が結審。「学校・市教育委は、対応のまずさを謝罪し、今後は保護者らと情報交換し、真摯に話し合う」「今後同様の事件があった場合には、問題解決のための最大限の努力をする」という内容の和解が成立しました。
 その前に、学校側が晶子さんの自殺原因調査のために生徒たちに書かせた作文の「非開示処分取り消しを求める訴訟」では、99年8月東京最高裁が一審を支持し、両親は敗訴しています。そのことを考えれば、今回の和解は画期的なことです。
 何度か裁判を傍聴するうちに、裁判をするということはこんなにも辛いことなのか、と思うような場面にも遭遇しました。情報はすべて学校が握っており、親には、どの報告書に何が書かれているかさえわからない。情報公開条例や個人情報保護条例を使っても、取り寄せた書類はスミだらけ。どんなに「ウソだ」と思っても、それを証拠だてるものがなければ、学校側はいくらでも言い逃れできてしまいます。一方で、先方の弁護士は親の一番痛いところを責めてきます。子どもが亡くなったのは本人の弱さのせい、親に責任があったからと、あることないこと並べ立てて揺さぶりをかけてきます。
 両親は血の涙を流しながら戦い続けなければなりません。その根底には、何も気づいてやれなかった、わが子を救えなかったという慚愧の思いと、もう二度と再び、自分たちと同じ思いを誰にもさせたくないという強い思いがあります。
 管理責任が問われる学校内では何もなかったことにしたい学校の高くて厚い壁。それを擁護する教育委、自治体。わが子の将来のためと学校におもねる父母たち。世間の偏見の目。そして、そのなかで、いじめていた子どもたちも、「晶子さんをいじめていました。ごめんなさい」という告白懺悔を教師たちの手で撤回させられ、反省の機会さえ奪われ、荒れるしかない犠牲者なのです。
 9年目でようやく一歩の前進。その頃にはもう、当時を知る教師も子どもたちも学校にはいません。そしてその間に、同じような事件が後を絶ちません。
 わが子が学校で死んだとき、学校は何をしてくれるのか。何もしてくれません。ただ事実をひた隠しに隠すだけです。文集やアルバムから、生きていた子どもの痕跡すら消されてしまいます。PTAは真の問題に目を向けようとはせず、無責任な噂を媒介します。
世間は黙って耐える親には同情的でも、体制に牙を剥くものを許しはしません。
 せめて、子どもの人権が法律で守られていれば、親の知る権利と学校の説明責任が明確になっていれば、子を亡くした親も悲しみを受容する時間と心のゆとりがもてるでしょう。10年1日のごとく何も変わろうとしない学校の体質も、少しは変わるかもしれません。
 犯罪被害者の人権が見直されるべきときにきているように、学校で被害を受けた子どもたち、その親たちの人権も見直されるべきだと思います。たとえ義務だと言われても、いつわが子が殺されてもおかしくないような学校に、そしてそのことの責任を誰も取ろうとはしない学校に、どうして安心して子どもを通わすことができるでしょう。
                           (たけだ さちこ・会員)。

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