バングラデシュの路上の子どもたちを訪ねて  

                              会員・山口香織

 私は、2003年の8月に約2週間、バングラデシュを訪れた。訪れるきっかけとなったのは、ストリートチルドレンを支援している「オポロジェヨ・バングラデシュ」というNGOの活動に興味を持ったことだ。バングラデシュは、北海道の約1.7倍の面積にもかかわらず、人口は日本と同じくらいの約1億3千万もある。人口密度がとても高い国だ。

 バングラデシュのダッカ空港に到着、外へ出た私は、すぐに大きな衝撃を受けた。日本でいえば、まだ幼稚園児にも満たないような男の子が、お金を要求してきたからだ。本などを読んで知っていたことではあったが、実際にそれを目の当たりにすると、何とも言えない気持ちになった。しかし、ここまで来たからには、そういった事実にちゃんと目を向けようと思った。

翌日から、約1週間首都ダッカで過ごした。街には、予想していた以上に、さまざまな商品があふれていた。しかし、それを手にすることができるのは、ほんの一握りの人であるということは、すぐに想像することができた。守衛つきの高級住宅が並んでいる一方で、子どもを連れて物乞いをする母親、路上で寝ている大人たち、炎天下、物を売り歩いている幼い子どもたちなどの姿が多く見受けられたからだ。そこに生活する人々の間には、大きな貧富の格差が存在していることが、一目瞭然であった。

ダッカでは、頻繁にストリートチルドレンの姿を目にした。街の大通りには、混雑した自動車やリキシャの間をくぐり抜け、花や飴を売り歩く子どもがたくさんいた。特に、とても激しいスコールが降る中、5,6歳の幼い子どもが、体型に見合わない大きな袋を抱えて、たった一人でゴミ拾いをしていた姿は印象的で、衝撃を受けた。また、人々が同情を寄せて、物を買ってくれるのを期待しての行為なのか、体に障害をもった大人を引き連れて、物を売り歩くストリートチルドレンもいた。そういった子どもたちに対する人々の反応は、すぐに買ってやる人や、見て見ぬふりをする人、嫌そうに追い払う人など、さまざまだった。

2001年現在、バングラデシュ政府、UNDP(国連開発計画)によって、このような状況のストリートチルドレンは、バングラデシュの六つの大都市に、445,266人いると推定された。うち75%がダッカだ。

ダッカに滞在中、ストリートチルドレンやスラムの子どもを支援するNGOやユニセフを訪れた。今回、一番訪問したいと思っていたストリートチルドレンを支援している「オポロジェヨ・バングラデシュ」では、素敵な笑顔の子どもたちとその子ども支える温かいスタッフに出会うことができた。

このNGOは、帰る場所がなく、一日中路上で生活する子どもたちを活動のターゲットとしている。路上で暮らす子どもと接触することから始め、彼らが仲間と暮らし、教育や職業訓練を受けられる段階まで4つのステップに分けられ、ストリートチルドレンの様々なニーズに応えている。

第一段階の「ストリートスクール」は、路上で生活する子どもたちと大人をつなぐ「入り口」としての役割を果たしている。ここでは、読み書きなどの簡単な授業を行なってはいるが、教育的な効果よりも、まずは子どもたちの大人に対する不信感を和らげるのが、ねらいである。「ストリートスクール」を訪れた日は、大雨が降っており、授業ができる状態ではなかったので、子どもたちは、ゲームなどをしていた。私たちが訪問したということもあってか、じっと座っていることができない子どもが多かった。

 第二段階の「ドロップインセンター」は、路上で暮らす子どもたちの苦しみを減らすこと、子どもたちの安全を守り、休息の場を提供し、仲間を作ることを目的としている。「ドロップインセンター」を訪れた時は、食事の時間だった。食事は自分達で作ることになっている。

 ここの子どもたちは、「ストリートスクール」にいた子たちと比べて、落ち着きがあるように感じられた。この段階ではまだ、宿泊施設を提供していない。宿泊施設ができると守らなければならない規則が増え、今まで自由に生活していた子どもにとって苦痛になるからだ。そのため、ここではノンフォーマル教育で勉強の楽しさを知ってもらい、もっと勉強したいと意欲をもたせるのだ。

 次の、第三段階の宿泊できる「クラブ」は、食事を作ってもらえるため、今まで食事を作っていた時間も勉強の時間に充てることができる。「クラブ」は、24時間オープンしていて、教育や職業訓練などを通して技術を身に付け、社会生活ができるようにしたり、子どもたちが最終段階である「ホステル」へ行けるように準備したりすることが、目的である。

ここでは、性的虐待を受けたという女の子に出会った。彼女はさっきまでとても明るく笑っていたのに、自分の事を話し出したら急に泣き出した。見ただけでは分からない大きな傷が、その子の中に深くきざまれていることを感じた。彼女は精神的に不安定なため、カウンセリングを受けているそうだ。

「クラブ」では小学校三年生レベルまでの教育を提供している。子どもたちはさまざまな知識を得ることで、自信や希望を持つようになる。と同時に、知識を得たものの、将来良い仕事に就くにはどうしたらよいのだろう、と疑問を抱くようにもなる。「オポロジェヨ」のスタッフは、それを待っている。そこでようやく最終段階の「ホステル」を勧めるのだ。

最終段階の「ホステル」は、全寮制の施設で、子ども達が共同生活を送りながら、職業訓練を受けたり、学校に通ったりして、将来の自立に向けた準備を進める。この段階に至った子どもたちは、路上生活から脱却し、「ホステル」を基盤とした共同生活を送るようになる。「ホステル」で生活する子どもたちは、以前は、路上で生活をしていたとは思えないほど、落ち着いており、大人びていた。

 子どもたちと直接会話をすることはできなかったが、たくさんの子ども達に出会って、さまざまなつらい背景を抱えて都会にでてきたとは思えないような、いきいきとした姿が印象的だった。スタッフは、そういった笑顔は、都会にでてきたばかりの子どもにはみられないが、スタッフやほかの子どもたちがあたたかく迎えてくれ、守ってくれる人や愛情を注いでくれる人がいると安心し、自分に自信を持つことができるようになって生まれるのだろう、と話していた。

 このNGOを視察して一番印象深かったのは、そこで働くスタッフが、ストリートチルドレンに、わが子と接するかのように、たくさんの愛情を注いでいたことだった。子どもたちは、ひかれたレールの上をただ歩くように支援されているのではなく、常に自分がどうしたいか、どうすべきか考えて積極的に努力していることが分かった。こういった姿勢でいることで、本当の自立につながり、より良い人生を再スタートすることができるのではないかと思う。今でも思い出す、子ども達のキラキラした眼差しに、彼らの大きな可能性を感じる。

                         (やまぐち かおり・学生)

     インド・カルカッタで出会った子どもたち

 

                            会員・大倉 亜也加

 カルカッタには、大きなくりくりの瞳と愛らしい笑顔の子どもたちがいた。その子たちの家は、駅という場所だった。私は4ヶ月間、インドのカルカッタ(コルカタ)でボランティアをしていた。働いていたのは、SMILEというまだ新しいNGOだ。

●SMILE

 SMILEは、2003年夏に“すべての子どもたちに笑顔を”を目的に設立されたNGO。現在はスラムの子どもたちの学校と、ストリートチルドレンに対する支援を行なっている。

 数人の現地スタッフが働いているが、活動の大半がボランティアの力でなされている。活動資金も、寄付とボランティアの参加費で賄われている。ボランティアは、SMILEのメンバーの一員として迎えられる。実際にいろいろな仕事を任されたり、代表のインド人とともに活動について話し合う機会も多かった。“一緒に作っている”という意識が自然と芽生えた。

●シアルダープログラム

 SMILEのストリートチルドレンへの取り組みを紹介しよう。

 シアルダーとは、カルカッタの主要な駅の1つで、ここを寝ぐらに暮らしている子どもたちがたくさんいる。家族(母子家庭が多い)で暮らしている子もいれば、子どもだけで暮らしている子もいる。親が病気だったり、亡くなっていたり、家庭事情のために、市内や郊外の貧しい農村からやって来た子が多い。家族のことを聞くと、それまで明るく振る舞っていた子も急に悲しい顔をした。

 シアルダープログラムの大まかな流れを、私の視点で再現しよう。

 早朝、スタッフとボランティアとともにオフィスを出る。子どもたちの使うノート、色鉛筆、歯磨き粉、爪切りなどを持って。最寄り駅からシアルダー駅までは、電車で約20分。行商の人で賑わっている始発に乗る。

 シアルダーに着くと、早速子どもたちを起こして回る。まだ薄暗く人気のない待合ロビーとプラットホーム。頭から毛布をかぶって、人なのかよくわからない姿で寝ている人たちがずらっと目に入る。インドと言っても、12月から2月にかけて、夜はかなり冷え込む。その中で、子どもと思われる小さな形を探してそっと声をかける。全然起きない子もいる。また毛布にくるまって眠ってしまう子もいる。早朝と寒さのため、子どもを連れ出すのはなかなか難しい。一人が起きると、一緒に寝ている仲間を起こして、「行くぞ」とせかしてくれる。

 眠い目をこすり、寒そうに毛布をまとめ、ベンチの下に隠す。私たちを先導して、他の子たちを起こすのを手伝ってくれたりもする。難しいのは、家族と暮らしている子の方だ。小さな子が多いし、母親の了解を得ないといけない。母親は眠気と寒さのためか、「ウチの子は行かない!」と素っ気なく言い、また毛布に潜り込んでしまう。粘り強く声をかけるが、なかなか取り合ってもらえないことも・・・

 とはいえ、駅という特殊な場所なので、人通りの少ない早朝にしか、こうした活動はできない。それに、もうしばらくすると警官が叩き起こしに来て、みんな散り散りになってしまう。

 子どもたちを集めたら、まず歯磨き(インドでは歯ブラシは使わず、指で磨く)や洗顔、整髪。その後朝食を渡し、食べ終わった子からノートと鉛筆を渡し、簡単な読み書き、計算を教える。子どもたちの傷の手当や、洗髪をする日もある。

 勉強の習慣がないためか、一部の子たちはすぐにあきてしまい、「鳥の絵を描いて!」などとせがんでくる。絵を描いて渡すと、楽しそうに色をぬり始めた。と思ったら、「私も描いて!」「次、僕!」・・・大量のノートを抱え込むことになる。

 子どもたちの描く絵は、家が多い。山があって、りっぱな家があって、そこに自分がいて。家への“想い”の表れなのだろうか。理想の姿を描いているのだろうか。

 プログラムは大体2時間で終わる。終了間際には、子どもたちとボランティアとのスキンシップが自然に始まっている。この頃には、どの子もとてもいい顔をしている。ボランティアも含めて。

 私たちはオフィスに戻るため、再び電車に乗る。プラットホームまで、子どもたちが手をつないで一緒に見送りに来てくれる。発車した後も、走りながら手を振ってくれる。これでプログラムは終了。現在は週2日、この活動を行っている。

 このプログラムは、ほんのささやかなものだ。しかし、プログラム中の子どもたちの生き生きとした表情や楽しそうな笑顔を見ていると、彼らが路上での不安や恐怖、悲しみから解放され、本来の子どもの姿に戻れる時間を少しでも作る、という意義はあると思う。活動を続けていくうちに、路上以外の生き方に目を向けられる子も出てくるかもしれない。

 このプログラムでは、子どもたちの本当の姿が見られる。物乞いをしている時の、無表情な“のっぺらぼう”の顔。プログラムの時の、無邪気な笑顔。子どもたちは、二つの顔を使い分けていた。(もちろん後者が本当の顔!)

 私たちにとってうれしいのは、子どもたちが心を開いてくれた時だ。ホームで声をかけた時は、仕方なくしぶしぶ、という冴えない顔をしていた子も、次第に打ち解けて、友好的になってくれる。

 ビプラブという16、7歳くらいの少年もそうだった。声をかけた時は、ずっと警戒心むき出しの表情をしていた。プログラム中も一言もしゃべらず、表情も変えず、じっとノートに目をやって熱心に文字の練習をしていた。

 日を重ねるごとに、私たちへの警戒心が解けていくのがわかった。それまでは一言も話さなかったビプラブが、ある日、映画の看板を指差して、「あの映画見たことある?おもしろいんだよ」と、はにかみながら話してくれたのだ。また別の日に、勉強の途中で私のところにやって来て、「仕事があるから行くね」とわざわざ言いに来てくれた。普段、何も言わずにいなくなってしまう子も多いので、驚いた。うれしくなって、微笑んでいる彼を抱きしめた。きゃしゃな見た目とは違い、がっちりした体つきをしていた。隣の駅で、バン(自転車に大きな荷台がついているようなもので、客を4人乗せて運ぶ)のこぎ手をしているらしい。出会った頃と比べると、ずいぶんやさしい顔つきになっていた。

 今のところ、SMILEで行なっているのはこの駅での活動のみだが、この先は子どもたちを施設(学校と職業訓練所を兼ねた)で暮らせるようにする計画を進めている。

●ハウラー駅

カルカッタには、もう1つ大きな駅がある。ハウラーというその駅にも、たくさんの子どもたちが暮らしていた。ドラッグを常用している子が本当に多い。プラットホームで働いている大人も、「いい子たちなんだが、ドラッグが・・」と嘆いていた。

 待合ロビーに寝そべってテレビを見ている子、乗客にお金を乞っている子、寝ている子、仲間とふざけあっている子、列車内のペットボトルを集めている子・・・構内には警官がいて、時々待合ロビーにやって来ては子どもたちを追い払っている。 

 私は休日にここを訪れていた。数人の子どもたちと知り合ったが、どの子も心に傷を抱えていると感じた。家族のことを思い出して泣き出してしまった少年、手首にくっきりと無数の傷跡があった少年、うまく笑えなかった女の子、必死な顔で私の後をついてきた子。それでも、物乞いのおばあさんに貴重な1ルピーをあげたり、1つしかない卵を仲間と分け合ったり、身につけていたかっこいいブレスレットをくれたり、カルカッタを離れる時には、大きくて重い私の荷物を列車まで運んでくれたのも、そのつらい思いを抱えた子どもたちなのである。

 複雑な心境を抱えながらも、やさしくたくましく(時にはずる賢く)生きる子どもたちが大好きになった。

●個人としての「ストリートチルドレン」

 SMILEの活動はまだ手探りの部分が多い。だが、子どもたちの一番近くで活動できたことで、遠くで見ているだけではわからない、彼らの本当の姿を見つめることができた。

また、彼らを『ストリートチルドレン』としてではなく、名前と顔と個性をもった実在する一人一人の人間として見ることができた。これからもSMILEが、子どもたちの一番近くで、子どもたちの現実を見つめ続けながら、子どもたちにとって本当に意味のある活動を展開していくことを期待している。

 SMILEでは、いつでもボランティアを募集している。長期ボランティアだけでなく、3週間のワークキャンプボランティアも募集している。興味を持たれたら、ぜひホームページをのぞいてみてほしい。

  http://in.geocities.com/smile_ngo1/index.htm(日本語版)

http://www.geocities.com/smileindia_ngo2003/index.html(英語版)

                         (おおくら あやか・学生)    

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