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   <updated>2008-07-23T07:24:08Z</updated>
   <subtitle>ストリートチルドレンを考えることを通して、日本と世界の子どもたちのことを考えていこうという私たちの意志に多くの方々がご賛同くださることを期待しております。</subtitle>
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   <title>2008年7月発行のニュースレターより</title>
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   <published>2008-07-17T05:59:54Z</published>
   <updated>2008-07-23T07:24:08Z</updated>
   
   <summary>ひろみのメキシコシティ便り その10　数々の出会い、みえた希望 ※昨年６月からNGO「プロ・ニーニョス」でボランティアとして働く会メンバーの連載です。 共同代表・松本　裕美 　2003年から2008年にかけての「プロ・ニーニョス」内データによると、この数年間に人生の選択をした（デイセンターを卒業して...</summary>
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      <![CDATA[ひろみのメキシコシティ便り
その10　数々の出会い、みえた希望
※昨年６月からNGO「プロ・ニーニョス」でボランティアとして働く会メンバーの連載です。
共同代表・松本　裕美

　2003年から2008年にかけての「プロ・ニーニョス」内データによると、この数年間に人生の選択をした（デイセンターを卒業していった）子どもたちの行く場所に変化がみられます。家族の元に返る子どもが多かった以前に比べ、その割合は減少し、薬物依存克服施設や定住施設に入る子どもの割合が増えてきています。その背景にあるものは何か−　薬物が身近にあり容易に使用できること、使用薬物の種類の複雑化、貧困、ネットワークがなく社会サービス情報や周囲の協力を得られないこと、シングルマザーであることによりあまりにも多くのことを背負わなければならず子どもの問題に関心を寄せる余裕がないこと、親自身が路上で育った第2・3世代で子どもを養育することを学べていないこと　などが、今のところ実際に原因としてあげられています。メキシコでは子どもを持つ女性の6人に1人がシングルマザーです（2003年政府機関の統計データ）。そしてこの割合は、年々増加の一途をたどっています。路上生活をしている少年・青年たちの多くもそうであるように、何人もの女性との間に子どもをもうけている男性が多いという現実。貧しければ貧しいほど、また企業や公的機関に勤めていないといった仕事環境により、保険・社会福祉サービスを利用できない人たちが多いという問題もあります。
　さて、5月号で記載したように、私は今調査チームで働いています。担当地域を歩き回り、路上生活をしている少年・少女や仕事をしている青少年を把握し、コンタクトをとっています。
　ある市場を歩いているときに偶然にも再会した少年がいます。昨年の8月から11月にかけてデイセンターに通ってきていた少年です。再会と言ってもいろいろで、悲しい再会もあります。デイセンターに来ていたけれど、途中から来るのをやめ引き続き路上生活をしている少年と出会った場合、やせこけ、薬物の影響でろくにしゃべることもできなくなっていたり、そして私たちのことを誰だかもう認識できないほど脳、精神障害をきたしていたり。定住施設に入っていたはずなのにまた路上生活に戻っていたり。しかし、この少年との出会いは、とてもうれしい再会になりました。彼はその市場で彼のおばさんが経営する食堂を手伝い、おばさんたち、いとこたち、そして彼の兄とともに働いていました。
　目が合った瞬間、お互いに笑顔がこぼれました。驚きの再会、そしてうれしい再会。彼は薬物依存症でもありましたが、結局どこの施設にも入らずに薬物をたったということです。つい先日「ボクがそうだったように、いま路上にいる子どもたち、施設に通ってきている子どもたちに自分の経験を話すことで、何か力になれたらって思う」と言ってこれまでの人生について話をしてくれたので、その一部を少し紹介したいと思います。
　彼が2歳のときに、彼の母親は子ども2人（彼とそのひとつ上の兄）を残して家を出ました。彼の父親はアルコール依存症で暴力を振るいました。母親が家出をしたのはその暴力から逃れるためだったのかもしれません。残された兄弟は父親からの暴力を引き続きうけ、かつ「お前なんか存在しなければよい」と言葉の暴力も受けてきたといいます。8歳になった時、彼は決心し家を出ました。彼が住んでいた地域の仲間たちの多くは皆、接着剤を吸っていたため、彼も自然にそれを吸うようになっていきました。その後路上を転々とし、メキシコシティにたどり着きました。たまたま「プロ・ニーニョス」のデイセンターに通ってきていた少年と知り合いになったことがきっかけで、その少年を毎朝迎えに行っていたエデュケイターに誘われ、デイセンターに来るようになりました。デイセンターではしょっちゅう周囲の子どもたちとケンカをしていた少年。ただ、いつまでもこの生活を続けていたくないと思うようになり決意し、メキシコシティに住むおばさんのところで一緒に生活していくことが決まりました。
　このおばさんの家には、20名近くの家族が暮らしています。おばさん自身の子どもも学校には行っていませんが、みんな仲がよく、そしてはきはきと店を手伝っています。彼は、時々店番を任されるほどしっかり働いています。こうして一歩一歩前に進んでいるんだと言い、またこうも言いました。「今は安心して眠れる場所がある。安心して使えるバストイレがある。安心して使えるお金がある。やっと安心できる生活を手に入れたんだ」。そう言って笑顔を見せました。自分の子どもと同じように甥たちの面倒をみるおばさん、いつも一緒にいる兄やいとこたち、家族の応援する力が彼の前進の多大な力になっているのだと感じました。自分がお世話になったエデュケイターたちに自分が立ち直ったことを伝えたい、感謝を言いたい、15歳のその少年は凛々しく成長した表情を見せました。
　４月から始まった、路上で働くまたは生活する青少年・少女・おとなたちとのコンタクト。信頼関係が築けていることを感じます。路上生活のおとなたちからは多くの情報をもらい、また時に彼らから自分たちのグループにいる子どもを助けてくれないかと依頼を受けたり、また彼ら自身の子ども・兄弟についての相談を受けたりすることがあります。アルコール依存症で路上生活を続けていた仲間の中の何人かは家に戻っていった、とうれしい知らせを聞くこともあります。少年・少女たちの中には、出会った当初は路上生活から抜け出すことに興味を持っていないと言っていた面々もいましたが、関わっていくうち、知り合い、絆が深まっていくうちに、考えが変わってきている様子が伺えます。「路上生活から抜け出したいんだ。そのために頑張って働いてお金をためているんだ」と話すようになった子たちがいます。また、最近始まった聞き取りインタビューにより、これまでに知り合った路上生活を続けている多くの青年たちが、路上生活から抜け出したいと考えているということがわかりました。


最終章
<a href="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/hiromi31.html" onclick="window.open('http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/hiromi31.html','popup','width=500,height=375,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/hiromi3-thumb.jpg" width="500" height="375" alt="" /></a>


　7月。メキシコでの私のボランティア活動は、残すところあとわずかになりました。あっという間の1年間。ここで出会った仲間と共に、路上で生活する青少年たち、家族との間に問題を抱えている子どもたち、薬物依存の問題を抱える青少年・少女たちと向かい合い、働いてきました。
　腹が立つこと、悔しいと思ったこと、悲しいこと、うれしいこと、感動したこと、大喜びしたこと、そしてお腹を抱えて笑ったことが幾度あったことだろうか。
　路上チームでは、日々メキシコシティ内を歩き回り路上暮らしの子どもを探し、アクティビティ、遊びや本の読み聞かせ、おしゃべりを通して子どもと信頼関係を築きデイセンターへ招待すること。また、毎朝ねぐらに通い子どもを起こしてデイセンターまで付き添うことをします。約束をしても来ない子どももいます。なかには薬物を使用したいために、お金を稼ぎたいために、眠気のために、恋人と一緒にいたいために、気分がのらないために、施設に行くことを望まない子もいます。そこを粘り強くあの手この手で関わっていきます。
　デイセンターでは、日常生活活動＝生きる術を子どもたちがいかに学びとっていけるか、自分自身・そして周りの人を尊重することや道徳を身につけられるように関わると同時に、自身の人生について考えていけるように寄り添っていきます。また成長の過程を見守ると共に、各人が持つ多くの才能を引き出せるようなアクティビティを行います。
　人生の選択チームでは、子どもに寄り添い、彼にとって最良の道に進めるように最大限の応援をします。またセンターから卒業していった後も定期的に訪れ、応援し続けます。センターから巣立っていく子どもたちを見送るときの喜び、また路上生活に戻ってきてしまった子どもと出会った時の落胆する気持ち、成長した子どもたちが施設を訪れてきて再会したときの喜び、といろいろ感じながら働いています。
　一時助っ人としてアクティビティをしに行っていた一時定住施設では、子どもたちが安心して生活し、成長していけるように充分な数のスタッフが配置され、心理療法が継続的に行われていました。出生証明書を持たないために学校に行くことができない子どもには施設内で授業を行い、また彼らが美術を通して創造性を育み、感性を磨くことができるように毎日継続して美術のアクティビティが組まれていました。この美術の部屋は他の部屋とは別世界のようで魔法の部屋、秘密基地とでもいえるような異空間でした。4歳から15歳という幼い子どもたちがとっても素敵な作品を作り出していました。それぞれの施設で、あらゆるスタッフにより、異なった取り組みがされているのを知ることができたという点で、とても良い経験になりました。
　終盤4月から6月末にかけて働いた調査チームでは、路上生活をしている青少年・少女たち、路上で仕事をしている若者・子どもたち、その地域で働いている人々や住人と出会い、話を聞いてまわりました。もちろん、なかには路上暮らしの子どものことなんか一切考えたくない、ただ怠けているだけのやつらだ、彼らのために働く施設なんて意味がない、といって我々を煙たがる人々もいました。しかし大半の人々は、自身のヒストリーや考えを語ってくれました。インタビューをする前に訪問を繰り返して話をし、信頼関係が築けていたということはもちろん大きな助けになったのですが、この2ヶ月弱で本当に多くの人々に出会い、多くのことを知ることができました。
　出会った人たちの多くは、以前アルコール依存症や、薬物依存症だったという人たちです。路上暮らしの子を自分の子どものように育てあげた人々、何十年という時の流れの中で世相が変わっていく様を見てきた人々、「今は路上暮らしをしているけれど、いつかはこの人生から抜け出したい、抜け出すんだ」と話してくれた人々、少年少女たち、彼らを応援する人、自分の人生と真剣に向き合っている人たち・・・彼らの言葉、考え、夢を聞かせてもらったことは、私のこれからの人生の宝になることでしょう。一人ひとりそれぞれ違うけれど、みんな希望をもって生きている。その希望の光が彼ら自身とその周りにいる人々にも波及していっているように感じました。
　以前アルコール依存症で路上生活をしていたが立ち直り、今は青空駐車場の管理とお菓子売りをしている女性。彼女の娘の名前が私の名前と同じということで、我々のことを良く覚えていてくれました。自分自身のためにと言ってインタビューに協力してくれました。時々以前の仲間が「薬物を売らないか？」と誘惑に来たり、お金をせびりに来るという。「話を聞いたり、食べ物をあげることはするが、それ以上のことはしない。以前はごみのように周囲の人たちから扱われ、見られていた。だから彼らの気持ちもわかる」と言う。今は自分のために生きるのだと、はきはきとした口調で彼女は話してくれました。
　以前は薬物依存やアルコール依存の問題を抱え、路上生活をしていたが、今は立ち直り、糸で編んだブレスレットをつくり売る仕事をしている青年、大道芸と靴磨きを生計を立てている青年、熱帯魚店で働いている青年らとも出会いました。彼らは「路上暮らしの子どもやそのリスクがある子ども、自分が昔悩んでいたように薬物やアルコール依存で悩んでいる人々の力になれるのなら、喜んで協力したい」と言ってインタビューに協力してくれました。こんなにも多くの若者・大人たちが薬物依存の問題を抱えている国ではあるけれど、そこから立ち直った人々もたくさんいる。
　路上暮らしを続けている若者たちのほとんどが、いつか今の生活を変えたいと言いました。なかには、今となってはなぜ路上生活を続けているのかわからない、という青年もいました。彼らはこれまで定住施設や依存症リハビリ施設に入ったことがあるが、そこで虐待があったり、いじめがあったりといった理由で、薬物欲しさから、または自由に生きたいという理由から、施設を出て路上生活を続けている。しかし人生を変えたいとは思っている。「自分の話を聞いてくれる人、自分を理解してくれる人に出会えた時、うれしいと感じる」と言った青年がいました。人生の大半を路上で過ごしてきているけれども、こうやって施設のスタッフに出会い話をすることはうれしいことなんだ、と話す青年たちが多くいました。
　「プロ・ニーニョス」は今年11月から新たな取り組みとして、定住施設を開設する予定です。この施設は、以前デイセンターに通ってきていた青年たちで、施設の対象年齢から既に外れている若者たちにも回復する機会を作ろう、という趣旨で始まります。
　インタビューの最終日、とても感動的な出会いがありました。最初、すでにコンタクトのある青年を探しに行きました。しかし青年は出かけたばかりで不在でした。けれどそこにいた中年の男性が彼のことをよく知る人物だったので、まずはその男性と話をしました。彼は数日前からその青年を彼の息子として自宅で面倒を見るようになった、と話してくれました。すでに亡くなっている青年の両親とも知り合いだった男性は、彼のことをよく知っている人物でもあります。この朗報を聞き、うれしい思いでその青年を探しに向かいました。
　初めて出会った頃、この青年はひとりで空き地に住んでいました。マットレスの骨組みを丸めながら「今からこれを売りに行く」とだけ話し、その場を去っていった。とても口数の少ない少年でした。少年院から出てきたばかりだと言って、特に遊びたがるわけでもなく、自分から話すことはほとんどなかった青年。週に１、２度のペースで彼に会いに行きました。ただ話をしに。少しずつ少しずつ。そしていつの日か、彼の幼い頃からの知り合いで路上生活をしている青年と女性から、彼の家族について話を聞くようになりました。彼の父親は路上生活をしていたが、その後路上で殺された。この少年はほとんどの人生を路上で過ごしてきているということを、その仲間から聞きました。
　このインタビュー最終日に会った彼は、これまでとはまったく違い、我々に気がつくと満面の笑みを浮かべて彼のほうから寄ってきて挨拶をしてくれました。そして快くインタビューに答えてくれました。彼の面倒をみるおじさんのことを「パパ」と話の中で呼び、また、「今は眠る場所があるし、ご飯がある、映画（テレビ）をみられる、家族がいる（血はつながっていなくても）。信頼できる人がいる」と話してくれました。今まで見たこともない彼の安心した表情、満足した表情を最後に見ることができました。将来について、「これからは、勉強したいんだ」と、前を見据えてしっかりとした口調で私たちに言いました。
　またその後、施設への帰り道、建設現場の前を通りかかった際に、以前インタビューに答えてくれた青年にばったり会いました。彼はアルコール及び薬物依存症で路上暮らしをしていました。しかし今それらを絶って、建設現場で働き始めています。約１週間前のインタビュー当時「人生を変えたい」と言った言葉の通り、彼は新たな人生を歩き始めました。
　調査・インタビューという仕事を通してではありますが、後半の2ヶ月はこの1年間の中でもっとも地域に密着して、あらゆる世代の人々と話をし、彼らの考えを知るとともに、それぞれの考えを共有することもできた、とても貴重な時間になりました。あと残りわずかですが、子どもたちと向き合いながら、また地域の人たちの協力も得ながら、働いていこうと思っています。
　私のメキシコからのコラムはこれで終了させていただきます。この場を提供してくれた会のメンバーおよび根気強く読んでくださった会員の皆さまに感謝します。
（まつもと　ひろみ・ 看護師）]]>
      
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   <title>2008年6月発行のニュースレターより</title>
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   <published>2008-06-16T05:43:35Z</published>
   <updated>2008-07-24T05:18:27Z</updated>
   
   <summary>学習会・子どもは未来の開拓者 〜キューバの子どもたち〜  に参加して 運営委員リーダー・小口由貴 　工藤律子さんよる「キューバの子どもたち」をテーマにした学習会に参加した。これは、キューバとの交流活動を進めている「キューバ連帯の会」という市民団体が、今月14日がキューバ革命の英雄で革命家のチェ・ゲバ...</summary>
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      <![CDATA[学習会・子どもは未来の開拓者
〜キューバの子どもたち〜  に参加して
運営委員リーダー・小口由貴
<a href="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/che801.html" onclick="window.open('http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/che801.html','popup','width=500,height=279,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/che80-thumb.jpg" width="500" height="279" alt="" /></a>

　工藤律子さんよる「キューバの子どもたち」をテーマにした学習会に参加した。これは、キューバとの交流活動を進めている「キューバ連帯の会」という市民団体が、今月14日がキューバ革命の英雄で革命家のチェ・ゲバラの生誕80年であることを記念して、開いたものだ。当日は、キューバ大使館の方を含め、20代から60代前後まで、幅広い年齢層の方々が35名ほど集まった。
　会では、工藤さんから、キューバ政府や国民全体が子どもを大切にする姿勢など、いろいろな角度からの報告を聞き、これからの日本の子ども＝未来のパイオニアを、どのように育てていくべきなのか、考えさせられた。
　工藤さんのお話やパワーポイントで投影された篠田さんのすてきな写真を通して知ったキューバの子どもたちは、とても生き生きしているような感じがした。数字を気にしすぎて疲れきっている教師や子どもが多いように感じる日本と比較すると、ちょっとうらやましくも思った。
　工藤さんの書籍「子どもは未来の開拓者〜ストリートチルドレンのいない国キューバ」やニュースレターに掲載された去年のキューバツアー参加者の感想文を読まれた方はすでにご存知だと思うが、キューバではすべての子どもに対して教育が保障され、しかも保育園から大学まで、無料で通うことができる。そのほかに、小学校高学年から中学生には、彼ら独自の「パイオニア組織」を通して、「社会参加」の機会も与えられるそうだ。
　子どもは学校へ行って各教科の勉強をすることはもちろん、様々な社会の活動に参加することによって、労働することの大切さや、自分も社会や国に貢献できるということを学んでいるという。子どものうちからこのような「社会参加」の機会があると、おとなになったときに、より一層、社会の一員として適応しやすく、そうした機会があることはとても良いことだと思った。
　また、お話の中で工藤さんは、近年は経済のグローバル化が進むなか、ひとが持っているものを自分も持っていなくてはいけないと思い込まされ、周囲との比較にばかり神経を使い、物質的な豊かさばかり求めている社会があり、それを「心理的な貧困」に苦しむ社会と呼んでいた。（物質的な貧しさを、ひととの助け合いや心のつながりで乗り越えていこうという意欲や希望がある社会と違って、）物質的には例えば20年前よりもマシな暮らしをしているとしても、前述のような意識・思いこみのために「心理的な貧困」を抱える社会は、子どもにまで悪影響を及ぼし、子どもが路上生活を選ばざるをえないような状況を生みだしているという。そんな社会を持つ国々が多くあるなかで、キューバは、家族のつながりや地域の人々の力を非常に大切にしているようだ。私が工藤さんの話を通して感じたキューバの子どもたちの生き生きとした姿は、周りの人々の支えや人との絆があるおかげで可能なのではないかと思う。誰かの支えがある環境にいることで、子どもたちは安心して生活できるにちがいない。そういうコミュニティーが存在している国だからこそ、路上へ飛び出してしまう子どもがいないのだろう。
　無料の教育と医療が保障されているキューバの社会制度が、100パーセントいいものだとは思わないけれども、少なくともこれからの日本がキューバから学ぶべき点は多くあるように思う。
　私の知る限り、日本でも今、地域社会(ナナメの関係)を大事にしている杉並区の中学校があったり、机をコの字形に並べて「学びの共同体」と呼ばれる取り組みをしている学校があったりする。今後、これらの取り組みに期待したい。(このほかにも、子どもにとって良さそうな取り組みをしている事例をご存知の方がいたら、私も知りたいので、ぜひ教えてください。)
　幸いにも、今月29日には会主催で、昨秋実際にキューバへ行って来たメンバーの報告会がある。生の声が聞けるこういう場を通して、日本とキューバの違いやこれからの日本の子どもの未来について考えていけたらと思う。できれば、多くの方に参加してほしい。　*今秋のキューバを知る旅もお勧めです。
（こぐち　ゆき・学生志望）]]>
      
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   <title>「ストリートチルドレンと出会う旅」</title>
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   <published>2008-06-11T08:35:40Z</published>
   <updated>2008-06-30T14:08:13Z</updated>
   
   <summary>「ストリートチルドレンと出会う旅」メキシコ2008のご案内 ★定員に達しましたので、これからお申し込みになられる方は、キャンセル待ちになります。 　路上に暮す子どもたちや彼らを支える現地NGOのスタッフと直接出会い、あなたも世界の子どもたちの現実と未来を、ともに考えてみませんか？案内役は、18年間「...</summary>
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      <![CDATA[<strong>「ストリートチルドレンと出会う旅」メキシコ2008のご案内</strong>

★定員に達しましたので、これからお申し込みになられる方は、キャンセル待ちになります。

　路上に暮す子どもたちや彼らを支える現地NGOのスタッフと直接出会い、あなたも世界の子どもたちの現実と未来を、ともに考えてみませんか？案内役は、18年間「ストリートチルドレン」の取材を続ける、ジャーナリストの工藤律子とフォトジャーナリストの篠田有史です。

<a href="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/proninos.html" onclick="window.open('http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/proninos.html','popup','width=500,height=335,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/proninos-thumb.jpg" width="500" height="335" alt="" /></a>
NGO「プロ・ニーニョス・デ・ラ・カジェ」で
　
●日程
<strong>8月20日（水）〜8月30日（土）</strong>　☆9泊10日　（機中泊1泊）
（20日15時ころ成田発、同日16時ころメキシコシティ着。
　帰路は28日午後11時ころメキシコシティ発、翌々日30日早朝7時ころ成田着。）

●費用　
<strong>2人部屋利用で　26万円</strong>（男女の人数バランス上、3人部屋になることもあります。）
1人部屋希望なら　28万円　　☆親子なら2人で51万円（1万円割引）　
　　※非会員はプラス入会費3000円が必要。
　　※燃料高騰などによる航空運賃値上がりのために、昨年より少し料金が上がりました。
☆費用に含まれるもの（昼食は、ほとんど訪問先NGOで提供されます。）
成田〜メキシコシティの往復航空運賃（アエロメヒコ直行便）と各空港使用料・税金等、宿泊費、朝食費、現地でのグループ移動費、現地NGOと通訳への謝礼、コーディネーション経費

● 参加条件　　
☆「ストリートチルトレンを考える会」の会員の方。（まだ会員でない方は、旅の申し込みの際にご入会ください）
☆旅行終了後に、当会のニュースレター用に必ず感想文を書いてくださる方。
（また、旅行報告会を開きますので、できるだけご参加ください。）
☆ この旅行は、旅行会社の旅行と異なり、あくまでも個人旅行者の会員の皆さんの旅を、会の旅の案内人が企画、案内するものです。安全な旅のために、旅の準備や現地行動において、案内人は最善を尽くしますが、事故等の責任は一切負いませんので、ご了解ください。

●内容（予定）
・NGO「社会サーカス・マチンクエパ」の活動を訪問。
　貧困層住宅地区でのサーカス教室に参加する。
・NGO「プロ・ニーニョス・デ・ラ・カジェ」の活動に参加。
　NGOスタッフとともに、路上にくらす子どもたちを訪ねる。
　路上暮らしの少年たちが来るデイセンターで活動する。
・NGO「カサ・ダヤ」を訪問。
　スタッフの話をきくとともに、シングルマザーの少女やその子どもたちと交流する。
・NGO 「カサ・アリアンサ・メヒコ」を訪問。
　HIV-エイズ予防セミナーをはじめ、路上から来た少年たちが入る施設のプログラム
　に参加する。
・NGO 「ジョリア」を訪問。
　路上暮らしの少女たちと貧困家庭の母子を支えるデイセンターの活動に参加する。
・NGO「オガーレス・プロビデンシア」を訪問。
　定住ホームに暮らし、自立を目指す子どもたちと交流する。
　薬物依存症克服プログラムを見学する。
・ 施設の子どもたちと週末イベントを開く（例えばハイキング、サッカー大会など）
・ 1日フリー観光デー（ピラミッド遺跡など）
☆毎日、夜はフリータイム。参加者の希望に合わせて、様々な企画も可能。

●定員　　　12名（最少催行人数11名）

●締め切り　　満員になりしだい締め切り。なお、昨年は６月上旬に満員になりました。

●申し込み　　
<a href="http://www.children-fn.org/mail.html" target="_blank">こちら</a>へタイトルに「出会う旅申込みフォーマット希望」と書いて、工藤宛にお送りください。　

●問い合わせ　<a href="http://www.children-fn.org/mail.html" target="_blank">こちら</a>へタイトルに「出会う旅」と書いてお送りください。または、会窓口（03−5992−8663）へFAXで「工藤宛」にお送り下さい。]]>
      
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   <title>2008年5月発行のニュースレターより</title>
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   <published>2008-05-15T04:30:02Z</published>
   <updated>2008-07-23T07:25:24Z</updated>
   
   <summary>グアテマラ　売買される少女たち　 共同代表　工藤律子 　私たちの会が支援しているメキシコのNGO「カサ・ダヤ」に以前、グアテマラ人の少女がいた。彼女は何年間もこの母子支援施設で暮らした後、自立生活に入った。なぜ彼女はメキシコに？それは、グアテマラの首都グアテマラシティに暮らしていた頃、人身売買業者の...</summary>
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      <name>ストリートチルドレンを考える会</name>
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      <![CDATA[<strong>グアテマラ　売買される少女たち</strong>　
<a href="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/guate13.html" onclick="window.open('http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/guate13.html','popup','width=363,height=500,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/guate1-thumb.jpg" width="363" height="500" alt="" /></a>

共同代表　工藤律子
　私たちの会が支援しているメキシコのNGO「カサ・ダヤ」に以前、グアテマラ人の少女がいた。彼女は何年間もこの母子支援施設で暮らした後、自立生活に入った。なぜ彼女はメキシコに？それは、グアテマラの首都グアテマラシティに暮らしていた頃、人身売買業者の罠にはまり、祖国と国境を接するメキシコのチアパス州にある買春バーに売られたからだった。そこを脱出し、仲間の少女とふたり、メキシコ各地を放浪。その途中で、ある男性の子どもを妊娠。最後に「カサ・ダヤ」にたどりついた。
　グアテマラには、この少女と同様、知らぬ間に「商品」にされ、性産業に組み込まれてしまった少女が大勢いる。様々な統計データを総合すると、グアテマラ国内のバーやホテル、買春宿などで「性的に搾取されている」未成年者は、少なくとも2万人以上（5万人と言う人もいる）。同様の状況にいる未成年者の人数が約2万人というメキシコよりも、ひどい状況だ。これに、国外に売られたケースを加えれば、数字は更に増える。
「自分の心が痛かった」
　そうつぶやいた少女（16歳）は、愛人と暮らすアルコール依存症の母親の命令で、酒を飲まされ男の相手をさせられていた。そうしなければならないことに深い苦痛を覚えながらも、がまんしようと努力した。たまに嫌がると「バカ娘」とののしられ、更に傷ついた。ふたつ年上の姉も、同じ目にあっていたため、ふたりで家を飛び出し、1か月ほど路上暮らしをした。その後、ようやく政府の施設に保護された。今はそこで読み書きや料理を習いながら、姉や似た境遇の少女たちと共に暮らす。
　性的搾取の犠牲者は、大半が貧困家庭出身の少女だ。良い仕事があるとだまされたり、お金に目がくらんだ親に売られたりして、性産業に入れられる。そうしていったん足を踏み入れると、脅しや借金、薬物などで縛られ、容易に抜け出せない。たとえ抜け出せても、妊娠、性感染症、薬物やセックスへの依存などに悩まされ、「普通の生活」に戻るには、多大な努力と支援が必要になる。
「娘のために変わりたい」
と話す少女（17歳）は、4年前、実父にバーへ売られ、各地の店を転々としながら体を売り続けてきた。その間に、2度出産。今は1歳の長女が養護施設に、出産時に呼吸困難を起こした次女が病院にいる。そんな娘2人と人生をやり直そうと、1か月前からNGO「カサ・アリアンサ・グアテマラ」（私たちの会が支援する「カサ・アリアンサ・メヒコ」の姉妹団体）の施設で暮らす。
「月1900ケッツァル（約22,800円）ほど稼いでは、薬物を買っていたの。依存から抜け出せなくて、施設に入っても、すぐに脱走していた。でも今は違う」
　本人が話すとおり、彼女はこの施設に過去4回入ったことがある。が、毎度薬物欲しさに1〜2週間で脱走していた。それでも今回は自らスタッフに連絡して、働かされていたバーから救出してもらい、施設に定住する努力を続けている。母乳を飲む時期の次女が入院して不在のため、時々お乳がパンパンになって痛くなり、自分でお乳を絞り出す日々が続く。
「辛いけど、ここでがんばらないと。落ち着いたら料理を習いたいわ」
　張りつめた胸をさすりながら、少女はかすかな笑みを浮かべた。
　グアテマラで性産業に従事されられている子どものなかには、経済的により貧しい隣国から来た少女も多い。
　あるニカラグア人の少女（17歳）は、「良い仕事がある」と誘われ、不法入国でグアテマラへ。最初はガソリンスタンドでの仕事を与えられたが、後に買春を斡旋しているカフェテリアで働かされるようになった。3週間程前、警察に救出され、「カサ・アリアンサ・グアテマラ」の施設へ。
　グアテマラ政府やNGOは、こうした少女たちの心身のケアと自立のための教育支援を、根気よく行っている。
　「商業的性的搾取の被害者」である未成年を受け入れる政府の施設は、ひとつだけだが、首都から車で50分ほどの町・アンティグアにある。「ミ・オガール（私の家）」と呼ばれる所だ。そこには、13〜18歳の少女が100人前後暮らしているが、全員が「商業的性的搾取の被害者」ではなく、ストリートチルドレンや貧困家庭出身の障がいを持つ子ども、家庭崩壊のために家にいられない子どもなども、一緒に暮らしている。就学経験がほとんどない少女が大多数を占めるため、施設内で識字教育を行っているほか、読み書きのできる子には普通の学校への通学、自立が近い年齢の子にはパソコン、手芸、調理、美容師技術などの職業訓練を実施している。
　施設所長のエバ・デ・ガルシアさん（52歳）の悩みは、
「異なる境遇、問題を抱える少女たちを、一緒にケアするのは、とても大変です。本当は、もっと専門化した施設がほしい」ということ。特に、性的搾取を受けた少女の場合、施設に定着してもらうには、時間をかけた心のケアが必要なため、様々な子どもたちと同様の生活プログラムの中で対応するのが難しい。所長は言う。
「子どもが、薬物やりたさに出ていってしまったり、いいお金が稼げるからと性産業に戻ってしまったりすると、時々、絶望的な気分になります」
　これに対し、「カサ・アリアンサ・グアテマラ」はより専門的なケアができる環境にあるといえよう。
　まず注目すべきは、このNGOのスタッフが、警察と司法省、移民局が合同で行う「レスキュー・オペレーション」、つまりバーやホテル、買春宿などで働かされている未成年を救出する活動に、正式に参加していることだ。ほぼ毎週１度は行われる活動に、スタッフ1〜2名が同行し、未成年者を見つけたら話をして、施設に来るように促す。
　施設では、救出された少女たちも、このNGOが主な支援対象としている路上からきた「元ストリートチルドレン」の少女たちと同じ部屋を利用するが、心理カウンセリングや医療ケアなど、それぞれのケースに合った支援を受ける。特に医療面では、性感染症やＨＩＶ感染のケースが目立つため、特別なケアが必要だ。妊娠中、あるいは子連れの少女たちのためには、母子で暮らせる部屋もある。
　少女が外国人の場合は、移民局と協力して、帰国の手続きを進める。もし祖国の家族が人身売買に直接関わっていることがわかった場合は、その国にあるNGO施設など、ほかの定住先を考える。
「ここ2年間に、200人以上の商業的性的搾取の犠牲者を受け入れてきました。できるだけ彼女たちが学問と職を身につけた末に施設を離れるよう、支援していますが、なかには途中で挫折する子もいます。多くの場合は、家庭が貧しいためにどうしても実りのいい仕事を続けなければならない、施設の規則正しい生活に馴染めない、あるいは薬物依存から抜け出せないことが原因です」
　心理カウンセラーのミルサ・フアレスさん（39歳）がそう説明する。過酷な体験から、自分を含む人間すべてへの確かな愛情と信頼を失っている少女たちに、前向きな人生を歩む道を選んでもらえるように支えるのは、簡単なことではない。が、それでも心とからだの傷・病を癒し、少しでも幸せな人生を築けるよう、支えようと努力を続ける。
　犠牲者に寄り添うだけでなく、政府とNGOはこの問題を根本から解決するための第一歩として、「搾取する者の起訴と処罰」にも取り組んでいる。人身売買業者らを裁き、この「商売・産業」自体を壊滅しようというわけだ。が、しかし、そこに絡む人間の国籍や利害関係が複雑すぎるため、なかなか有罪にできないのが現状。状況を打開するためには、地域や国境を越えた連携プレーによる対策行動が望まれている。
（くどう　りつこ・ジャーナリスト）]]>
      
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   <title>キューバの子どもたちを訪ねて〜ストリートチルドレンのいない国・キューバへの旅2007報告会</title>
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   <published>2008-05-11T03:11:31Z</published>
   <updated>2008-06-08T05:03:53Z</updated>
   
   <summary> 「キューバにはなぜストリートチルドレンがいないのか？」 「キューバってどんな国？どんな教育システムがあるの？」 そんな思いで訪れたハバナ。特殊学校や一般の保育園から高校まで、様々な教育現場を、旅の案内人（ジャーナリスト・工藤律子）と共にまわり、子どもたちと触れ合った1週間。子どもが社会の一員として...</summary>
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      <name>ストリートチルドレンを考える会</name>
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      <![CDATA[<a href="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/cubahoukoku1.html" onclick="window.open('http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/cubahoukoku1.html','popup','width=747,height=500,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/cubahoukoku-thumb.jpg" width="500" height="334" alt="" /></a>

「キューバにはなぜストリートチルドレンがいないのか？」
「キューバってどんな国？どんな教育システムがあるの？」
そんな思いで訪れたハバナ。特殊学校や一般の保育園から高校まで、様々な教育現場を、旅の案内人（ジャーナリスト・工藤律子）と共にまわり、子どもたちと触れ合った1週間。子どもが社会の一員としてハツラツとしていられる国・キューバから 世界が学べること、また逆にキューバが抱えている問題etc...旅の参加者が感じたままに、生の声をお届けします。
  
☆お楽しみ企画☆
キューバクイズ（キューバオリジナルプレゼント有）、絵本の読み聞かせ、歌と演奏もあり。

日時：6月29日（日）　13：30開場　13:40〜17：00
場所：<a href="http://4splus.com/eigyou.html" target="_blank">クワトロ　エス　プラス</a>　（新宿）
　　　東京都新宿区新宿1−2−6　花忠ビルB1F
　　　＜最寄り駅＞　丸の内線・新宿御苑前駅2番出口から徒歩１分
　　　　　　　　　　都営新宿線・新宿三丁目駅から徒歩7分
☆定員35名です。お早めにご来場ください。
参加費：￥300＋１ドリンク（モヒート￥500その他各種ドリンクから選べます）
出演：浜田桂子（絵本作家）
　　　和田智子、宮田真理子、のぐちひろし
　　　（以上3名、NGO「ストリートチルドレンを考える会」運営委員）
主催：NGO「ストリートチルドレンを考える会」
問い合わせ　<a href="http://www.children-fn.org/mail.html" target="_blank">こちら</a>へタイトルに「キューバ報告会」と書いてお送りください。]]>
      
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   <title>ドキュメンタリーDVD発売中！</title>
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   <published>2008-04-13T01:52:49Z</published>
   <updated>2008-05-07T07:50:20Z</updated>
   
   <summary>VHS版しかなかった当会制作のビデオ「友だちになろ！」と「私は、あきらめない」のDVDができました。それぞれに短い付録「主人公たちのその後」がついています。 　　　　　　　               　　 特に学校などで、「ストリートチルドレン」についての理解を促すためにご活用いただければと思いま...</summary>
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      <name>ストリートチルドレンを考える会</name>
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         <category term="1) インフォメーション" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/">
      <![CDATA[VHS版しかなかった当会制作のビデオ「<a href="http://www.children-fn.org/video.html" target="_blank">友だちになろ！</a>」と「<a href="http://www.children-fn.org/akiramenai.html" target="_blank">私は、あきらめない</a>」のDVDができました。それぞれに短い付録「主人公たちのその後」がついています。

　　　　　　　<a href="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/tomodachi4.html" onclick="window.open('http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/tomodachi4.html','popup','width=248,height=400,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/tomodachi-thumb.jpg" width="124" height="200" alt="" /></a>               　　<a href="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/akiramenai.html" onclick="window.open('http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/akiramenai.html','popup','width=231,height=400,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/akiramenai-thumb.jpg" width="115" height="200" alt="" /></a>

<strong>特に学校などで、「ストリートチルドレン」についての理解を促すためにご活用いただければと思います。
</strong>
価格は、「友だちになろ！」（ブックレット「<a href="http://www.jula.co.jp/703jula_books_let.php" target="_blank">居場所をなくした子どもたち</a>」付き）、
「私は、あきらめない」（ブックレット｢<a href="http://www.jula.co.jp/703jula_books_let.php" target="_blank">勇気ある母親になりたい</a>」付き）
<strong><u>各セット１５００円</u>（税込・送料無料）です。</strong>


<strong>ご購入は郵便局の払込取扱票で
口座番号００１８０−４−７１８２５８に
加入者名「ストリートチルドレンを考える会」
通信欄に「希望するDVDの名前」を書き
必要な金額を記入してお振込み下さい。</strong>

ご入金の確認がとれ次第メール便にて１週間以内にお届けします。

お問い合わせは<a href="http://www.children-fn.org/mail.html" target="_blank">こちら</a>へ。]]>
      
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   <title>2008年4月発行のニュースレターより</title>
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   <published>2008-04-11T03:20:47Z</published>
   <updated>2008-05-03T06:01:30Z</updated>
   
   <summary>路上の少女と貧困層の母子を支援するジョリアから その3 小柳出紗季　 　3回にわたって書かせていただいたこのレポートも、いよいよ最後になりました。私がたった3ヶ月で得たものや、この3回のレポートで伝わるものはわずかだったかもしれませんが、みなさんに少しでもジョリアのことや私が感じたものが伝わっていた...</summary>
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         <category term="2) ニュースレターVuela" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/">
      <![CDATA[<strong>路上の少女と貧困層の母子を支援するジョリアから その3</strong>

小柳出紗季　
　3回にわたって書かせていただいたこのレポートも、いよいよ最後になりました。私がたった3ヶ月で得たものや、この3回のレポートで伝わるものはわずかだったかもしれませんが、みなさんに少しでもジョリアのことや私が感じたものが伝わっていたら、うれしく思います。
　ジョリアにいて、私は何か日本人の私たちにはなかなかない、家族のつながりを感じました。自分の兄弟が他の友だちとけんかをしているとき、自分の兄弟に何か悲しいことがあったとき、ジョリアでは全力で兄弟を守ったり、一緒になって悲しくなって泣いてしまったりするのを、頻繁に見かけます。あまり頻繁に見かけるので、日本の子どもたちは自分の兄弟が誰かと口げんかをしているのを見て、本気で兄弟を守ろうとするだろうか、または自分には関係ないと見て見ぬふりをしないだろうか、と考えてみました。少なくとも今まで私の周りにいた親戚、友だちの兄弟たちは、自分の弟や妹のけんかに加勢して彼らを守ろうとすることは非常にまれだったような気がします。彼らの兄弟愛を見て、8月に参加した「ストリートチルドレンと出会う旅」の時に自分のことを話してくれた子たちが、よく自分の兄弟を心配していたのも思い出しました。
　現地で知り合った友だちのルイスに聞いてみると、もしかしたら、それは家が貧しいために自分が信じられる一番身近な人として、過剰に兄弟を守る傾向があるのではないか、という答えが返ってきました。彼は、今はピザ屋を２つ持つ、メキシコではそれなりに裕福な人ですが、学歴は小卒、母親一人に育てられ、兄弟は10人以上。村で中学校へ通っていた頃に、学校を中退して家族でメキシコシティへ引っ越し、その後しばらくは子どもたちも働きながらダンボールで過ごしていたそうです。実際に彼らと同じような経験をしているルイスの言うことなので、もしかしたら本当なのかもしれません。正しいかどうかはわかりませんが、もし彼が言っていたように、兄弟を守ろうとすることが貧しさゆえであるならば、私はそれがなんだか悲しいことのような、しかし、モノにあふれて家族愛を失いつつある日本人の心の貧しさと比べれば、彼らの心の方が幸せなような、複雑な気持ちになりました。
　しかし、その複雑な気持ちを払拭しようと、私は事あるごとに子どもたち、特に小さな子どもたちにきいていました。
「私と一緒に日本に来る?」
　すると大抵「来る」と答えます。そして私は、
「もうお母さんと会えないけどいい?私がお母さんでもいい?」とききます。するとみんな、「ママと一緒にいたいから、じゃあ嫌」などと答えます。
　私は答えがわかっていながらも、いつもそうきいていました。彼らの家庭での問題を知っているからこそ、それでもお母さん、お父さん、おじさん、おばさんと一緒にいたいという答えに、安心させられるからです。家族と一緒にいたいという気持ちを常に忘れないでいてほしいと思い、質問を繰り返していました。家庭に問題があっても、家族の中に自分を愛してくれる人がいるということが、子どもたちをどれだけ安心させるかということを、子どもたちを通して改めて教えてもらったような気もします。
　話は変わりますが、デイセンターではオルガ、アナイという2人の女性が別のエデュケイターと一緒に働いていました。2人は路上に住んでいた経験があり、ジョリアと関わっていたことがあることから、デイセンターで働いていました。職場でのトラブルから今はジョリアを離れてしまいましたが、私はある時彼女たちと数時間行動を共にしたことで、たくさんのことを学びました。ある日、私は彼女たち2人と一緒に、近々開く2つのパーティの買い出しのため、市場へ行くことになりました。大金を持って電車を乗り継がなければならないお遣いは、彼女たちにとってはちょっとした冒険だったらしく、2人は緊張しながらも舞い上がっていました。市場に着くと、たくさんある店の中から安い店を選んでは、パーティで使うお菓子などを買いこんでいきます。勝手がわかっている2人と一緒で、買い物はどんどん進み、買い物を終えると荷物は3人でも持ちきれないほどいっぱいでした。2つのパーティのうち、1つはオルガの娘たちの誕生パーティだったこともあり、オルガは自分が一番重い荷物を持つのだと言って、率先して重い袋を持って歩いていきました。駅へ着き、荷物を私たちに預けたと思うと、オルガがどこかへ行ってしまい、どうしたのがと思っていると、少しして、3人分のジュースを持って帰ってきました。
「手伝ってくれてありがとうね」
　このオルガの一言と気遣いに、私はとてもあたたかい気持ちになりました。
　地下鉄に乗り、自分がイスに座っていれば、他にお年寄りや妊婦さんがいないか自ら探しては席を譲ってあげる2人。地下鉄の階段でお金を求めているおばあさんを見つけると、自分の重い荷物をおろして財布を出してでも、小銭を恵んであげる2人。小さい子を見つけるとさっき買ったパーティ用のお菓子を開けてプレゼントしてあげる2人。素敵なバッグを持っている人を見つけると、「それかわいいね。どこで買ったの?」と話しかける2人。オルガとアナイと一緒に行動していると、すべてのことに素直に振舞い、同時に人に幸せを振りまく彼女たちをうらやましく思ったり、優しい気持ちになれたり、小さな幸せがあふれているような気がしました。
　私は地下鉄で席が必要な人を自ら探すだろうか、これほど見ず知らずの人に思いやりを持った行動ができるだろうか、と自分の行動を思い返して反省してみたりもしました。
　前に、日本語を勉強しているからと紹介された現地のメキシコ人の友だちと彼女の母親に、「あなたが働くような施設の子たちは、モノを盗んだり、社会のルールを守れない子たちだから、用心しなければダメよ」と言われたことがあります。何を言い返しても、「あなたはまだ彼らをよく知らないからよ」と言われ、まだジョリアでボランティアをさせてもらおうと連絡を取っている最中だったのもあって、実際に彼らをよくは知らなかった私は、多くのことを言い返せないままでいました。しかしオルガとアナイとのお遣いで、自分の人間的な未熟さを反省すると同時に、彼らは人がなかなか持っていない、すばらしくあたたかな心を持っているんだと、胸を張って言えるようになったことにうれしくもなりました。路上に住んでいたからどうこうではなく、裕福な人たちが富や日々の忙しさによって忘れてしまった、人が本来持っている優しさを、少なくともオルガとアナイは忘れていないという点で、私は2人が他の人より優れていると思うのです。
<img alt="yolia.jpg" src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/yolia.jpg" width="500" height="375" />
オルガとアナイが働いていたジョリアの保育所

　ジョリアに通って、私は自分が今まで持っていなかった多くのことを教えられたような気がします。それぞれ違った、優しくあたたかい心を持った彼らの家庭が少しでも改善に向かうこと、また彼らが今後もずっとそのすばらしい心を失わないでいてくれることを、私は願っています。ジョリアでボランティアを始めるにあたってアドバイスをくださった工藤律子さん、また私を受け入れてくれたジョリアのエデュケイターたちに、心から感謝しています。そして、このレポートを読んでくださったみなさん、上手な文章が書けず申し訳ありませんでしたが、読んでいただいてありがとうございました。
（おやいで　さき・大学生）
［注］ここに登場した「オルガ」は、工藤律子著「ストリートチルドレン」（岩波ジュニア新書）に出てくるオルガ自身です。]]>
      
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   <title>学習会/それでも私は育てたい</title>
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   <published>2008-04-01T10:19:08Z</published>
   <updated>2008-05-07T07:51:14Z</updated>
   
   <summary>2006年夏から昨夏までの1年間、私たちの会が支援しているメキシコシティのNGO「カサ・ダヤ」で暮らす少女たちと定期的に交流してきた会運営委員リーダーの三井由香さん（昨夏まで1年間体験記事を連載）が、そこでみたこと知ったこと感じたことを、わかりやすくお話します。 ★「カサ・ダヤ」は、路上や貧困家庭で...</summary>
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      <![CDATA[2006年夏から昨夏までの1年間、私たちの会が支援しているメキシコシティのNGO「カサ・ダヤ」で暮らす少女たちと定期的に交流してきた会運営委員リーダーの三井由香さん（昨夏まで1年間体験記事を連載）が、そこでみたこと知ったこと感じたことを、わかりやすくお話します。

<img alt="yuka.jpg" src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/yuka.jpg" width="500" height="343" />

★「カサ・ダヤ」は、路上や貧困家庭で性的虐待などによって、幼くして妊娠・出産した少女たちが子どもとともに暮らす施設です。（会ホームページの、会が支援している団体紹介にも活動内容が出ています。

日時　　4月13日（日）午後1時半〜4時45分
場所　　東京・<a href="https://www.yoyaku.city.suginami.tokyo.jp/HTML/0004.htm" target="_blank">杉並区阿佐ヶ谷地域区民センター</a>
         　　　（ＪＲ阿佐ヶ谷駅より徒歩2分）
参加費　会員200円
　　　（非会員350円、高校生以下250円）

お問い合わせは<a href="http://www.children-fn.org/mail.html" target="_blank">こちら</a>へ。]]>
      
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   <title>路上の子どもたち　悲痛な叫びは社会への警告</title>
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   <published>2008-03-15T02:36:26Z</published>
   <updated>2008-03-18T06:30:45Z</updated>
   
   <summary>毎日新聞2008/02/10　オピニオン「発言席」記事より一部転載　*オリジナル版 　　　　　　 工藤律子（ジャーナリスト） 　仲間と運営するNGO「ストリートチルドレンを考える会」のホームページの掲示板に何年か前、高校生の少女が、よくある質問とは少し違う内容の書き込みをした。 　自分は将来、福祉関...</summary>
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      毎日新聞2008/02/10　オピニオン「発言席」記事より一部転載　*オリジナル版
　　　　　　
工藤律子（ジャーナリスト）
　仲間と運営するNGO「ストリートチルドレンを考える会」のホームページの掲示板に何年か前、高校生の少女が、よくある質問とは少し違う内容の書き込みをした。
　自分は将来、福祉関係の仕事がしたいと思い、ストリートチルドレンのことも気にかけている。今はまず家出をしている同級生の力になりたい。そんな内容だった。その後の対話の中で、私は彼女の友人が父親に虐待を受け、家を飛び出し、ネットで知り合った男性の家に居候していると知った。彼女はその友人のために、相談先や施設を探しながら、偶然目にした私たちの団体のホームページに、何か情報がもらえるかもしれないと、書き込みをしたようだった。このとき私は、以前から気になっていた問題が身近な事実として突きつけられたと感じた。
　「ストリートチルドレン」に関する国際人道問題独立委員会の報告が日本で書籍として出版されたのは、1988年。以来、世界の都市の路上に生きる子どもたちの数は減るどころか、かつてはそうした子どもの姿がなかった旧社会主義圏でも見られるようになった。今は恐らく一億人を越える子どもたちが、何らかの形で路上を主な生活の場にしているだろう。
　前述の書籍の中で、当時 TBSディレクターだった堂本暁子・現千葉県知事は、彼らと比較して日本の子どもたちのことを、「隠れストリートチルドレン」と呼んだ。画一的な管理・競争社会に生きることに苦しむ日本の少年少女たち。彼らは「ストリート」に出る自由さえ持たないストリートチルドレンだ、と言うのだ。心に傷を抱えていても、じっと耐えるか、不登校、いじめ、非行、薬物乱用、プチ家出、自殺といった形で痛みを解消することしか許されない。その苦しみは年々深まるばかりだ。先の高校生との出会いは、そんな現実の一端を示していた。
　私はラテンアメリカやアジアの都市で18年間、路上に暮らす小さな友人たちを見つめ続けてきた。NGOの仲間の中には、日本のいじめや自殺の問題を調査する人もいる。そんななか、20年前に危惧された状況が、経済のグローバリゼーションとともに、「第三世界」のみならず「先進国」でも益々深刻化していることに、危機感を抱いている。　
　戦争地域を別として、「ストリートチルドレン」と呼ばれる子どもたちはほとんどの場合、親や家族を持つ。その親や家族のそばに居場所をなくしたために、路上へ出ている。「第三世界」では多くの場合、それは貧困家庭の子どもだが、経済的貧困そのものが子どもを追い詰めるのではない。世界的な経済成長の波に乗ることのみが幸せへの道だと思い込まされ、焦り、余裕をなくし、「心の貧困」に陥って子どもを愛せなくなったおとなに、追い詰められるのだ。路上暮らしをする子どもたちの多くは、家庭で何らかの虐待を受けた体験を持つ。
　路上暮らしを選んだ子どもたちは、自力で生き抜くたくましさを持つ反面、心の傷を癒そうと、薬物、性産業、犯罪などの罠にはまり、抜け出せなくなる。待ち受けているのは、薬物依存、精神疾患、HIVを含む性感染症、望まない妊娠、監獄、そして死。長年のメキシコの友人で十年間路上にいた少女（22歳）は、「路上時代の友人は皆、薬物のやりすぎでフラフラしていて車にはねられたり、病気になったりして死んだわ」と語る。
　薬物依存、鬱をはじめとする精神疾患、HIV、死といった問題は、実は日本の子ども・若者の間でも増えている。世界の子どもたちの悲痛な叫びは、今注目を集める地球温暖化などの問題とともに、私たちに警告している。「個性や思いやりを否定した競争による技術の進歩と経済発展・成長のみが幸福をもたらす」という意識、思いこみを捨て、社会を再構築しない限り、人類に未来はないことを。
      
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   <title>2008年3月発行のニュースレターより</title>
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   <published>2008-03-15T02:15:48Z</published>
   <updated>2008-03-16T07:51:43Z</updated>
   
   <summary>キューバを旅して・「Dame un peso…（1ペソ恵んで・・）」を耳にしなかった一週間 　日下部　真記  「ラテンアメリカのストリートチルドレン」。これが私の卒業論文のテーマ。昨年の夏、毎年「ストリートチルドレンを考える会」が実施しているメキシコへの旅に参加する予定でいたが、日程が合わず断念。そ...</summary>
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      <![CDATA[<strong>キューバを旅して・「Dame un peso…（1ペソ恵んで・・）」を耳にしなかった一週間</strong>

　日下部　真記
 「ラテンアメリカのストリートチルドレン」。これが私の卒業論文のテーマ。昨年の夏、毎年「ストリートチルドレンを考える会」が実施しているメキシコへの旅に参加する予定でいたが、日程が合わず断念。そんな時、工藤さんが独自に企画するキューバツアーのことを知った。逆にストリートチルドレンのいない国の教育システムも見てみるのも良い機会だと思い、即申し込んだ。社会主義国ということに少し不安を抱きながら。
　メキシコからキューバに入った。キューバに着いても、メキシコ人と同じ言語（スペイン語）を話すせいか、メキシコにいるような感じがした。しかし、街並みは同じラテンアメリカでもまったく違った。タイムスリップしたようだった−　お店がない、広告がない。スペイン語にもなまりがある。どうしても以前留学していたメキシコと比べてしまう。街中がメキシコカラーに華やかに装飾されていたメキシコから、社会主義国であり、質素な街並みのキューバの首都ハバナに飛んだから、余計にそう感じたのかもしれない。正直な話、キューバに着いた当初は愛着のあるメキシコに戻りたいと思った。しかし、だんだんと居心地が良くなっていく。キューバもラテンの国。陽気で気さくな人たち。「Hola, chinita（こんにちは、東洋の娘さん）!」と何度言われただろうか。
　今回、様々な教育施設を訪ねることができた。保育園、小学校、中学校、芸術教員養成専門学校、自閉症の子どものための学校、視覚障がいを持つ子どものための学校、識字運動博物館。
　いろんな教育施設を訪れて、キューバの子どもたちはしっかりした自分の考えを持っている、と感じた。私たちが質問すると素直な答えが返ってくる。保育園を訪れた時、「絵を描くことは好き？」という私たちの質問に、子どもたちは元気よく「好き〜！」。これで終わると思っていた会話を先生がつなげた。「どうして好きなの？」。子どもたちは「楽しいから〜！」「おもしろいから〜！」。どうして？と理由を聞くことが教育上の指導なのか、おしゃべり好きのラテン人だからの質問なのかはわからないが、このことがどんな時、場合でも意見を言うことができ、何より自分に自信を持つことにつながっていると、私は思う。例えば、カストロ議長（当時）と子どもたちが話す機会があった時には、子どもたちは議長に向かって堂々と意見を言ったらしい。私はそんな子どもたちの勇気に、非常に驚いた。
　訪ねた教育施設の一つ、自閉症の子どものための学校「Dora Alonso（ドラ・アロンソ）」では、子どもたちのために教室に色々工夫が施されていた。自分の教室がどこかわかるように、各教室の入り口にはその教室で勉強する子どもの顔写真が張ってある、時間割表は文字ではなく絵である、などだ。また、親にも家庭での教育を指導するほか、親の集まりには、祖父母や叔父、叔母まで参加し、出席できない場合は近所の人たちが代わって行く。「子どもはすべて私たちの子どもであり、宝だから」と当たり前に言うキューバの人たち。今の日本では考えられない愛情の深さに、本当に驚いた。でもこれは少し前の日本にもあった姿ではないだろうかと思う。
　このように今回、キューバで私は近頃の日本人が忘れかけている相互扶助の精神、思いやりの心を痛感し、家族のつながり、地域の力を改めて見つめることができた。愛情でいっぱいのキューバ。メキシコのように、路上で子どもに、Dame un peso　（1ペソ恵んで）、と言われることはなかった。キューバの子どもたちがストリートチルドレンにならない理由が、少し見えた。学校へ通い、教養を身につけ、自信に満ちあふれている子どもたち。これからのキューバ社会を引っ張っていく子どもたち。そんな子どもたちに、期待したい。
　最後に、今回のツアーの企画・案内をしてくださった工藤さん、篠田さんをはじめ、様々なことについて語り、一緒にすてきな思い出を作ったツアーの仲間6名、多くの方に感謝しています。本当にありがとうございました。
<a href="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/cuba1.jpg"><img alt="cuba1.jpg" src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/cuba1-thumb.jpg" width="500" height="375" /></a>
芸術教員養成専門学校の教師や生徒たちとツアーの仲間
  【補足】
　私が通っている京都外国語大学が昨年、創立60周年記念国際シンポジウムを開催するにあたって、特別講演者としてキューバのカストロ議長（当時）の長男フィデル・カストロ・ディアスバラルト氏（キューバ科学技術評議会補佐官）を招いた。07年夏私がキューバに行ったことを知った教授に、カストロご夫妻と在日キューバ大使ご夫妻のアテンドを依頼された。とても緊張したが、やり遂げることができた。キューバツアーに参加していなければ舞い込んでこなかった話。このツアーに参加したことによって、一生に一度の貴重な体験ができた。
（くさかべ　まき・大学生）]]>
      
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   <title>2008年2月発行のニュースレターより</title>
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   <published>2008-02-18T10:38:12Z</published>
   <updated>2008-03-15T02:35:40Z</updated>
   
   <summary>ひろみのメキシコシティ便り その６　自分を知る、人との絆を知る 　　　 共同代表・松本裕美 　メキシコシティから約1時間、車で南に向かったところに位置するクエルナバカにて、2007年12月22日から今年1月2日にかけて、長期キャンプが行われた。キャンプ地は、そこのオーナーの好意で定期的に提供してもら...</summary>
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      <![CDATA[<strong>ひろみのメキシコシティ便り
その６　自分を知る、人との絆を知る</strong>
<img alt="hiromi2.jpg" src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/hiromi2.jpg" width="500" height="375" />　　　
共同代表・松本裕美
　メキシコシティから約1時間、車で南に向かったところに位置するクエルナバカにて、2007年12月22日から今年1月2日にかけて、長期キャンプが行われた。キャンプ地は、そこのオーナーの好意で定期的に提供してもらっている。熱帯気候、自然豊かな場所で、空気は澄んでおり、夜には満点の星空がキャンプ場を包む。メキシコシティとはまったく異なった環境である。
　キャンプ中は、1人のエデュケイターに約3人の子どもたちというグループ構成が組まれた。参加した子どもはまだ路上からセンターに通い始めたばかりの子でだったり、簡易施設からセンターに通っている子だったり、長期間路上生活を送っていてセンターに来たり来なかったりを繰り返していた子だったり、と様々な段階にある子どもたちだ。各段階に合わせた介入ができるように、路上チーム・デイセンターチーム・人生の選択チーム（薬物依存克服施設に入る、定住施設に入る、家族のもとに帰る、仕事を得て自立生活をするなど、子どもが決めた道に進めるように付き添い、後々までフォローする）のすべての段階の中から数名ずつ、エデュケイターが参加した。私は物品管理および整備・食事担当として、後半１週間の参加となった。
　キャンプは、ふだん子どもたちが通う9時から16時半までのデイセンターとは異なり、24時間2週間共にすごす。この期間、子どもたちはいつもとは異なる生活を経験する。薬物や危険な環境から離れてすごす。規則正しい生活習慣を学ぶ。一人ひとりがじっくりと担当のエデュケイターと話をすることができる。薬物から離れていることで頭痛や不快感を訴える子どももいたが、それでも薬を飲んで少し休めば回復していた。　
　何よりも思いっきり楽しめる空間にいたため、子どもたちはそれを満喫することでふだんの生活を忘れているようだった。いつもは嫌がってなかなかシャワーを浴びることも、洗濯や手伝いをすることもしない子どもも、率先して参加していた。路上で寝ているほうがよっぽど恐怖を感じると私は想像するが、テントから100メートルほど先にあるトイレに夜一人で行くのが怖いという子もいたりして、懐中電灯を持って付き添ったりもした。「絶対に先に行かないでよ」と念を押してきたり、センターでは見られない、何ともかわいらしい彼らの幼い面を垣間見ることができた。
　キャンプ中、担当のエデュケイターに「将来何をしたいか」と聞かれ、「早く死にたい」と言っていた子がいた。自分は長くは生きない、と言う。まだ12歳という幼さで。これまで育ってきた環境が、どうしようもないくらい彼の考えを固定させてしまっている。彼が暮らす場所は、路上生活者の第2、第3世代もいるところだ。彼らが眠る場所は一見、テントで寒さをしのげ、良さそうに見えたが、中はゴミから排泄物まである。周りには、生きる気力を無くしたおとなの路上生活者が、ゴロゴロと地面に寝そべっている。彼の父親も路上暮らしをしていた。そして薬物、アルコール依存症だった。もう両親ともこの世にはいない。
　担当のエデュケイターは、この先の人生は自分次第でまだまだ変えていけることを、キャンプ期間を通して繰り返し彼に伝えていた。彼は2週間もの間薬物から離れ、かつとてもよいコンディションでキャンプに参加することができていた。思い切り楽しみ、協力し、きちんと周りの人たちを尊重することもできていた。あまりにも幼いということと、環境的に自力で路上生活を抜け出すのは難しいということから、スタッによって薬物依存克服施設に入る手続きが踏まれ、彼はそこに入所した。その施設には同じくキャンプに参加した仲間が一足先に入所したため、一人ではない。何とか彼が踏ん張っていくこと、これからの人生を考えていけるように変わっていくことを願う。
　キャンプ後、一時的にもとの薬物まみれの生活に戻った子どもたちもいたが、1月末の現時点で、キャンプに参加したすべての子どもが路上生活から抜け出し、薬物依存克服施設に入ったり、定住施設に入ったり、家族の下に帰っていった。家を飛び出してから、2年、3年と路上生活を続け、決して定住施設に入ろうとしなかった子が、キャンプを通して変化していき、家族と暮らすために薬物依存克服施設に入った。
　子どもたちは、キャンプ中に他の子を気にかけるようになったり、リーダーシップをとったり、彼らが持つ健康な面をどんどん発揮し、成長していった。共同生活で生まれた連帯感が、センターから卒業し前進していく子をみんなで見送る時に、ひしひしと感じられた。見送る側も見送られる側も、兄弟のようにどこかで互いを気にしていて、互いの幸せを祈っていることが、何気ない言葉から伝わってきた。みんなの中に絆ができた。お互いを信頼し、かつ気にかける。子どもが発する言葉や振る舞いから温かさを感じることがある。私たちエデュケイターと子どもたちの距離も縮まった。
　キャンプ前半の１週間は休暇だったため、所用も兼ね、中心街に出てキャンプには参加しない子どもたちとクリスマスの挨拶を交わしたり、たわいもない話をしたりしてすごした。12月24日と25日、メキシコの町は日本のお正月のような雰囲気だ。中心地は華やぎ、そのほかは静まりかえっている。どこもかしこも中心地以外の店は休みだ。そんな中、子どもたちはその空気から取り残されているかのように、車道脇に並んでぼんやりとした表情でたたずんでいたり、地下鉄駅構内でいつもと同じように薬物を吸っていたり、路上でぐっすり眠っていたりした。偶然だが、連日出会った子もいた。
　私に気づくと手に持っていた薬物を捨て、周りの仲間に私を紹介し、嬉しそうな顔をして、たわいもない話をしてくれた。「みてみて背中」と運悪くガラスの上に横になったために傷ついた背中を、おどけた顔で見せた。その後、デイセンターでの思い出話をしたりして、お互いに思い出し笑いをして、しばしすごした。毎回、別れ際に「もうボクはプロ・ニーニョスには入れないんだよ」と言うため、「もし生活を変えたいって思うなら、いつでも扉は開かれているよ。だからよく考えなよ。また会おうね」とその度に伝えた。自分はもう行ける施設がないと思いこんでいた彼は、自分次第だということを理解したようだ。ただ、自分の体は傷つくけれど、簡単にお金を稼げる路上生活への依存から、今も抜け出せないで、抜け出さないで、いる。
　路上チームで働いていて知ることは、劣悪な環境に生まれ育つ子どもたちが、たくさんいるということだ。8歳にして父親から薬物を教えられ、物心つく頃から父親が薬物依存症で、盗みをして生計を立てている環境を見ながら育ってきた子。彼、彼女らが考えを変えていくのは難しいことを知った。自分にはこの人生しかないと思い込んでいる、またはあきらめている。
　薬物を使用することが悪いことだとわかっているが、10歳の女の子は薬物を吸いながら、車の窓ガラス拭きの仕事をして、路上で家族と過ごしている。施設の情報を得ても、子どもを施設に入れようとしない母親。娘が薬物依存症であっても、どんなに危険な路上で寝ていても、自分のそばに置いておくほうが安心できるのか。暴力を振るう夫から逃れ、子どもを連れ、都心に来れば仕事が見つかり安心して生活できると思っていた母親。彼女の肩には多くのものがのしかかっている。どうか利用できるサービスを利用して前へ進んでいく勇気を持ってほしい。彼女があきらめてしまったら、出てきた頑張りが無駄になってしまう。他団体と協力して介入を進めているところだ。
　メキシコは、薬物が身近にありすぎる国だと感じる。身近なところで働いているから尚更感じるのかもしれないが、街のあちこちで薬物の売買が行われている。若者たちが学校をさぼり、午前中の公園で薬物を吸っている光景を目にすることも、時々ある。
　知り合いの計らいで、他団体が実施する少年院でのアクティビティに先日参加させてもらった。各薬物についての正しい情報を伝え、その後ゲームをして遊ぶといったものだ。子どもたちは、すべての作用を知っているわけではないが、自分が体感した症状に関してはわかっている。どうしてそうなるのか、そして最終的にはどうなるのか、ということを、アクティビティを通して理解する。薬物はいけない、それだけなら知っている。ただ、それだけでは手を出さないようにする効果は弱い。環境を整えることは必要だ。この訪問を通して、繰り返し正しい情報を伝えていくこと、教育していくことが大切だと、再認識させられた。
（まつもと　ひろみ・看護師）]]>
      
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   <title>2008年1月発行のニュースレターより</title>
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   <published>2008-01-19T02:14:26Z</published>
   <updated>2008-01-20T06:06:22Z</updated>
   
   <summary>学習会　アジア人権賞を受賞したフリースクール 「パアララン・パンタオ」代表と話そう！　報告 運営委員　工藤律子 　12月8日の学習会には、予想を超える人数47名が集い、30人の集会室は満杯に。ゲスト、「パアララン・パンタオ」校長レティシア・レイエスさん（65）＝通称レティさんは、ご高齢なこともあり、...</summary>
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      <![CDATA[<strong>学習会　アジア人権賞を受賞したフリースクール
「パアララン・パンタオ」代表と話そう！　報告</strong>
<a href="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/pp1.jpg"target="_blank"><img alt="" src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/pp1-thumb.jpg" width="400" height="193" /></a>

運営委員　工藤律子
　12月8日の学習会には、予想を超える人数47名が集い、30人の集会室は満杯に。ゲスト、「パアララン・パンタオ」校長レティシア・レイエスさん（65）＝通称レティさんは、ご高齢なこともあり、前日の受賞式等のためにお疲れだったので、話は主に同行した息子のジェイコベンさん（31）＝通称ジェイさんがしてくださった。
　「パアララン・パンタオ」は、マニラ首都圏ケソン市パヤタス地区のゴミ山の麓にある無料の学校だ。貧困家庭に生まれ、適齢期になってもなかなか公立学校に入ることができない子どもたちに、教育を受ける機会を提供している。

●マニラ首都圏、そしてパヤタスの現実
　学習会ではまず、写真をスクリーンに投影しながら、私・工藤が「パアララン・ンタオ」のあるフィリピン・マニラ首都圏の貧困問題、貧困家庭から路上に出てくる「ストリートチルドレン」、そして貧困家庭が大勢暮らす「パヤタス」（「パアララン・パンタオ」のある地区）について、簡単に紹介した。
　マニラ首都圏は、人口1400万人をこえる大都会だが、住民の大半が貧困層。貧困家庭からは、10万人ともいわれる子どもたちが「路上で働く」あるいは「路上で寝起きする」生活をしている。パヤタス地区は、そんな首都圏が生み出すゴミの大半を引き受けるゴミ集積場で有名な所だ。
　そこには、地方から職を求めてきた貧しい人々が集まり、掘建て小屋の住まいを建て、ゴミ山でリサイクル可能なゴミを拾い集めて売る仕事をして、生計をたてている。小学校すら出ていない学歴の低い人々が簡単に最低限の日銭を稼げる仕事が、このゴミ拾い＝スカベンジャーの仕事だからだ。
　スカベンジャーは、１日100〜200ペソ（270〜540円）程度稼ぐ。マニラ首都圏の最低賃金は約350ペソだから、かなり小額といえる。が、1家族に2〜3人の働き手がいれば、何とか食べて行くことはできる。そのため、「パアララン・パンタオ」の裏にそびえるゴミ山では、毎日3000人近い人たちが、スカベンジャーとして働いており、なかには子どもたちの姿もあった。
　2000年7月、大雨によってゴミ山が崩落し、何百人もの死者を出す大事故が起きた。それ以降、安全のために、14歳未満の子どもがゴミ山で働くことは禁止になった。スカベンジャーの組合が発行する許可証を持つ14歳以上の者だけが、ゴミ山で働けることになったのだ。子どもたちは家計を助けようと、今も周辺でゴミを集めたり、ゴミの仕分けを手伝うなどの仕事をしている。
　ゴミ山の崩落事故はまた、事故現場付近に暮らしていた約500世帯に、隣町への移住を余儀なくさせた。リサール州モンタルバンに政府が建てた再定住用住宅に移るよう、行政からの指示が出たからだ。「パアララン・パンタオ」に通う子どもたちの家庭も、多くが引っ越した。しかし、再定住地には仕事がないため、親は毎日交通費をかけてゴミ山に働きに来なければならなくなり、ますます苦しい生活を強いられることになった。　

●「パアララン・パンタオ」の現状
　「パアララン・パンタオ」は、現在パヤタスのゴミ山の麓と、再定住地モンタルバンに1校ずつ、計2校ある。パヤタス校は、ゴミ山の拡張のために2006年末、新しい校舎に引っ越し、以前の校舎はゴミ山に飲み込まれた。新校舎に、現在193名の子どもたちが登録、幼児から小学校低学年年齢対象の午前中の授業と、年長の子ども対象の午後の授業に分かれ、2人の先生の指導を受けている。モンタルバン校には136名が登録し、やはり午前と午後に分かれて、4人の先生の指導を受ける。学校では、公立小学校レベルの勉強を教えるほか、歯磨きなどの基本的生活習慣や、図画工作、音楽、踊り、遠足など、様々な活動を通して、子どもたちに幅広い夢を抱ける機会を与えている。また、シンガポールの仲間の支援で給食サービスを、日本やスイスの人たちの支援で大学生6名、高校生1名、小学生1名に奨学金を提供。運営資金の大半は、「パヤタス・オープンメンバー」（岩崎一三さん主催）の支援でまかなっている。

●「パアララン・パンタオ」ができるまで
　校長をつとめるレティさんは、1980年代前半、まだパヤタスにゴミ集積場がなかった頃に越してきた。そこに土地を買った姉に誘われたからだった。ジェイさんは言う。「ボクは6〜7歳だったけれど、そこにはまだ田んぼや野菜畑などがあり、緑溢れる場所だった」。ところが数年後から、「一時的な利用だ」という説明で、市が崖下の窪地にゴミを捨て始めた。やがてそこはゴミが日光で燃えて煙を上げる「スモーキーバレー（煙の谷）」となり、後にとうとう「マウンテン（山）」になった。
　生活環境の悪化に伴い、レティさんの姉はほかへと引っ越して行く。だが、レティさんは「住民組織のリーダーとして活動していたので、ここを離れる訳にはいかなかった」ために、留まった。そもそも住民リーダーになったのは、当時、アキノ大統領就任に伴い活発化したNGO活動がパヤタス地区にも広がり、地域住民の組織化が叫ばれる中、周囲が「次の選挙までの間だけでいいからリーダーになってほしい」と頼んできたからだった。それがいつのまにか、レティさんのその後の運命を決定づけることに。
「ボクは当時小学1年でしたが、学校は1キロ離れた所に1年生用の教室が1部屋あるだけでした」。ジェイさんが、当時の地域の教育環境を語る。「そのため、母はボクが2年生になる時、近所の母親たちと共に、教室を増やしてほしいと訴えに行きました。結局かなえられませんでしたが、この頃から地域の教育意識が変わり始めました」
　レティさんの家には当時、甥や姪など、親戚の子どもたちも暮らしていた。彼女は、自分の子どもと彼ら全員に、学校の宿題をはじめ、様々な勉強を教えていた。それを見ていた近所の母親たちが、「ウチの子にも教えてくれませんか？」と頼んできたことが、「パアララン・パンタオ」を開校するきっかけとなった。
　レティさんの率いる住民組織「ゴミ捨て場隣人組合（DNO）」のメンバーは、スカベジャーとして働く母親たちだった。彼女らは、まずスカベンジャー以外の生活手段を得るために、みんなでリサイクルゴミを買い取る店＝ジャンクショップを始める。ただゴミを集めるだけでなく、それらを買い取り売りさばく商売を軌道に乗せれば、生活が良くなると考えたからだ。が、店は運営資金不足のために、1年ももたなかった。
　母親たちが取り組む商売を通して、ゴミが現金に変わる場面を頻繁に目にするようになった子どもたちが、勉強よりもスカベンジャーの仕事を重視するようになったことも、ジャンクショップをやめる動機になった。そのあと、母親たちが考えたのが、「子どもたちが安心して遊び学べる場所＝フリースクールをつくる」ことだった。
　友人知人を通して様々な個人、財団に助力を求め、まずは現地NGO「チルドレンズ・ラボ」の協力を得 て、劇などの創造的な手段を通じて子どもたちが学ぶ教室を始めた。その後、親や兄姉が働いている間、幼い子どもたちが毎日通えるデイケアセンターを開き、レティさんが「先生第一号」になった。生徒は約30人。
　そうして徐々に親たちの教育に対する意識が高まっていき、小さなデイケアセンターが現在のような学校「パアララン・パンタオ」へと発展したわけだ。

●「パアララン・パンタオ」を維持し、広める
　「パアララン・パンタオ」の運営を維持するのは、しかし、大変な仕事だった。1993〜94年頃には一時、資金がまったくなく、先生たちへのささやかな給金すら支払えなくなった。先生はほとんど皆地域の女性で、スカベンジャーをやめて先生になった人もいたため、何ヶ月も給金を待ってもらわなければならない状況は、本当に苦しかった。が、やがて日本人の留学生らが頻繁にボランティアに来るようになり、少しずつ支援の輪が広がったおかげで、後に岩崎さんらの支援グループ「パヤタス・オープンメンバー」ができ、運営資金を集めてくれるようになって、運営が安定してきた。
　2000年のゴミ山崩落事故と人々のモンタルバンへの移住が、分校を開くという新たな大仕事をもたらしたこともあった。が、それも、「再定住地へ引っ越した子どもたちにも教育の機会を」というレティさんら関係者の強い信念と、息子ジェイさんや頼もしい支援者の応援と経済的支援で乗り越えた。ジェイさんは、こうして地域のために闘ってきた母レティさんのことを、「とても誇りに思っています。だから、ボクもその理想を共有して、一緒に活動することに意義を感じているのです」と話す。
　現在、「パアララン・パンタオ」に通う子どもたちの大半は、数年間そこに通った後、公立学校に編入することに成功している。その後、高校へ進んだ子もいるほどだ。
　レティさんたちのこれからの夢は、「この運動を続けて行くこと、そしてよい多くの子どもたちにパアララン・パンタオに来てもらうこと、さらには皆さんにもどんどん学校を訪れてもらい、そこで刺激を受け、小さなことからでいいので、何か独自の創造的な活動を始めるきっかけをつかんでもらうこと」だ。
<a href="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/pp2.jpg" target="_blank"><img alt="" src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/pp2.jpg" width="400" height="267" border="0" /></a>
レティさん

●学習会の後半・質疑応答で　（Q:質問　A:回答）
　途中休憩の後、会場の参加者から集めた質問に、ジェイさんが答えてくれた。

<strong>Q:フィリピンでは盗みをする子どもが多いが、それを止める方法は？</strong>
A:盗みが起きている場所を考えてください。それは例えば路上です。路上暮らしの子どもたちは、必要に迫られてよく考えずに盗みをします。それを止めるのは、幼い頃からの教育だと思います。盗むな、というのではなく、単純に「良いこと」「悪いこと」といった正しい価値を伝える教育を、5〜6歳の頃からすることで、盗みは止められると思います。私たちはそういう努力をしています。おかげで、「パアララン・パンタオ」に通う子どもたちの中には、窃盗で捕まった子はいません。

<strong>Q:出生証明書がないために、公立学校に入れない子どもはどうするのか？</strong>
A:「パアララン・パンタオ」では、親に相談を受ければ、出生届の出し方など、きちんと教えます。その気になれば、出生証明書を得ることは、それほど難しいことではないのです。むしろ問題なのは、親自身が子どもを学校へ入れる必要性、意義を認識していないこと。いくら出生証明書の手続きをしてあげても、結局学校に行かせないが結構多い。ですから私たちは、まずできるだけ多くの子どもに「パアララン・パンタオ」へ通って学ぶ楽しさや意義を感じ取ってもらい、学習意欲を抱いてもらう。そして、子どもの変化を通して、親にも通学の意義を理解してもらうよう、努力しています。

<strong>Q:パヤタスの子どもたちのどのくらいが、フリースクールへ通っているのか？</strong>
A:正確にはわかりませんが、パヤタスにはNGOが運営するフリースクールがほかにも複数あります。「パアララン・パンタオ」はそのなかでも小さいほうです。ですから、かなりの子どもたちがそうした学校へ通っていると思います。ただ、それが毎日継続的なものなのかどうかは、わかりませが。

<strong>Q:パヤタスの子どもたちは洋服など、（貧困の中）どうやって手に入れているのか？</strong>
A:幸い、パヤタスで親がスカベンジャーとして働く家庭の場合は、最低限のお金は何とか稼いでいますから、たとえ年に一度でも自分で服を買うことができます。お金がない家庭は、多くのNGOが頻繁に古着を寄付していますから、それでまかなっています。

<strong>Q:子どもが多くて生活が苦しいのでは？それはキリスト教が産児制限に反対だから？</strong>
A:教会は、確かにコンドームなどを使用しての産児制限には反対です。でも、夫婦が自分の意思で行う自然な家族計画は、奨励しています。ですから、一般のフィリピン人は今、子どもはつくりすぎない方が生活は楽だと考えています。問題なのは、貧困層の間では家族計画や、その実施方法を知らない人が多いことです。知識の普及が必要です。

Q<strong>:子どもたちの人権を守るためには、今とは異なる政治、経済状況が必要だと思うが、どんな変革が必要だと考えるか？</strong>
A:そうした問題はよくわかりません。私たちとしては、問題が山積みの国の政府に何かを期待するよりも、地域の問題をまず自らの手で解決して行くことに専念しています。

<strong>Q:「パアララン・パンタオ」のこれまでの成果は？</strong>
A:いろいろな視点で、成果を見ることができると思います。まずは子どもたち。彼らは本当に大きく変わりました。その未来は以前に比べて、ずっと明るいものになったと感じます。それから、友人のみなさん。みなさんが私たちの学校に関わったことをきっかけに、新たな行動を起こしていってくれたこと。それもまた、大きな成果です。

Q<strong>:通っている子どもたちは、「自己肯定感」が低い等の問題を抱えていないか？</strong>
A:大半の子どもは、自分に自信がない、自己肯定感が低いと言えます。それを変えるために「パアララン・パンタオ」では、みなさんのような海外の友人と交流したり、パヤタス外の世界と触れる機会を与えるようにしています。そうすると、子どもたちは少しずつ変わっていき、恥ずかしがりで、自分の意見を言えなかった子も言えるようになる。より大きな夢、将来の展望を抱くようになる。その第一号、良い例はボク自身です（と、ジェイさん）。ボクも、パヤタスの子どもの１人で、自信のないシャイな子どもでした。でも、母の活動の影響で、必然的にパヤタスの外の世界と関わる機会が増えて行き、次第に自分のできることが沢山あることを知って、世界が広がりました。これからも、「パアララン・パンタオ」を通して、そういう子どもは増えていくでしょう。

<strong>Q:日本の私たちにできることは何か？</strong>
A:その答えは、皆さん自身の手の中にあると思います。私たちが言えるのは、「パアララン・パンタオを訪れ、私たちの小さな試みが生み出してきたことを感じとってください。そして、皆さん自身も、小さなことでいい、独自の行動を起こしてください」ということです。私たちがしてきたこと、続けていこうとしていることは、小さなことかも知れません。でも、その行動自体に意義があり、変革への可能性があると思います。何もしないより、するほうがいい。みなさんも、ぜひその小さな一歩を踏み出しましょう!
（くどう　りつこ・ジャーナリスト）]]>
      
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   <title>ラテン新年会のご案内</title>
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   <published>2008-01-17T01:48:36Z</published>
   <updated>2008-01-18T01:33:14Z</updated>
   
   <summary>　年に一度のこの機会に、日ごろから活動に参加されている皆さんはもちろん、ふだんはなかなか参加できないという方も、ぜひお越し下さい。
　会員以外の方も歓迎します。</summary>
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      <name>ストリートチルドレンを考える会</name>
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         <category term="1) インフォメーション" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/">
      <![CDATA[　年に一度のこの機会に、日ごろから活動に参加されている皆さんはもちろん、ふだんはなかなか参加できないという方も、ぜひお越し下さい。
　会員以外の方も歓迎しますが、用意する料理の都合がありますので、非会員の方は
<a href="http://www.children-fn.org/mail.html" target="_blank">こちら</a>からお申し込み下さい。
<a href="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/party1.html" onclick="window.open('http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/party1.html','popup','width=500,height=375,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/party1-thumb.jpg" width="400" height="299" alt="" /></a><br />
		<a href="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/party2.html" onclick="window.open('http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/party2.html','popup','width=500,height=348,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/party2-thumb.jpg" width="400" height="278" alt="" /></a>
<strong>日　時　１月19日（土）午後５時半〜8時半　　

場　所　<a href="http://www.univcoop.or.jp/information/gaiyou/map.html" target="_blank">大学生協会館</a>5階（東京都杉並区和田3-30-22/地下鉄・東高円寺駅近く）　
　
参加費　1,500円　（飲み放題、食べ放題）
</strong>
　
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   <title>2008年春フィリピン「ストリートチルドレン」を考える旅</title>
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   <published>2007-12-17T09:10:16Z</published>
   <updated>2008-05-07T07:52:31Z</updated>
   
   <summary>当会では都市と農村の子どもたちの姿を通して「ストリートチルドレン」の問題を様々な角度から考える旅を実施します。
　案内人は、「ストリートチルドレン」について18年間取材を続けている、ジャーナリストの工藤律子とフォトジャーナリストの篠田有史です。</summary>
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      <name>ストリートチルドレンを考える会</name>
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         <category term="1) インフォメーション" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/">
      <![CDATA[　路上で暮らす子どもたち、ゴミを拾って生活の糧を得る人々。その多くは、貧しい農村から都会へ希望を求めて出てきました。当会では都市と農村の子どもたちの姿を通して「ストリートチルドレン」の問題を様々な角度から考える旅を実施します。
　案内人は、「ストリートチルドレン」について18年間取材を続けている、ジャーナリストの工藤律子とフォトジャーナリストの篠田有史です。
<a href="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph4a1.html" onclick="window.open('http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph4a1.html','popup','width=350,height=263,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph4a-thumb.jpg" width="100" height="75" alt="" /></a><a href="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph1a2.html" onclick="window.open('http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph1a2.html','popup','width=350,height=263,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph1a-thumb.jpg" width="100" height="75" alt="" /></a><a href="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph3a.html" onclick="window.open('http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph3a.html','popup','width=350,height=263,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph3a-thumb.jpg" width="100" height="75" alt="" /></a><a href="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph2a1.html" onclick="window.open('http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph2a1.html','popup','width=350,height=263,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph2a-thumb.jpg" width="100" height="75" alt="" /></a>
<a href="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph1b.html" onclick="window.open('http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph1b.html','popup','width=350,height=263,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph1b-thumb.jpg" width="100" height="75" alt="" /></a><a href="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph2b.html" onclick="window.open('http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph2b.html','popup','width=350,height=263,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph2b-thumb.jpg" width="100" height="75" alt="" /></a><a href="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph3b.html" onclick="window.open('http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph3b.html','popup','width=350,height=263,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph3b-thumb.jpg" width="100" height="75" alt="" /></a><a href="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph4b.html" onclick="window.open('http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph4b.html','popup','width=350,height=263,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/07Ph4b-thumb.jpg" width="100" height="75" alt="" /></a>

●日程　　　2008年　2月19日（火）〜29日（金）　　☆10泊11日　（バス中泊1泊）
●費用　　　2人1部屋利用　130,000円（予定）
　　　　　　　
☆費用に含まれるもの　　　　　　　　　　
成田〜マニラの往復航空運賃と成田空港使用料、宿泊費（ホテル8泊、民家2泊）、現地でのグループ交通費、現地ＮＧＯや通訳等への謝礼　　　

●日程（予定）
2／19（火）　ノースウエスト航空　夜　成田発　　　深夜　マニラ着（マニラのホテル泊）
　／20（水）　パヤタスのゴミ集積場そばにある<a href="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/2007/11/post_7.html" >フリースクール</a>（*今年度「アジア人権賞」
　　　　　　　受賞団体）訪問　夜　夜行バスでイフガオ州へ
　／21（木）　早朝　イフガオ州バナウェ着。バナウェにて休憩、棚田の崩壊を視察・観光
　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（バナウェのホテル泊）
　／22（金）　朝　バナウェをジプニー（チャーター）で出発。最後は山道の徒歩約１時間
　　　　　　　昼過ぎ　棚田で暮らすアバタン村着　　　　　　　　　　（ホームステイ泊）
　／23（土）　アバタン村で生活                　　　　　　　　　　　　　　　　　　（ホームステイ泊）
　／24（日）　午後1時頃　アバタンを徒歩で出発。
　　　　　　　その後、ジプニー（チャーター）でバナウェへ 　　　（バナウェのホテル泊）
　／25（月）　朝７時すぎのバスで、マニラへ。　午後４時頃着。　ホテルへ　　　　　　
　　  　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　（マニラのホテル泊）
　／26（火）　ＮＧＯ「パンガラップ・シェルター・フォー・ストリートチルドレン」訪問
　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（マニラのホテル泊）
　／27（水）　前日と同じ　※２日間に、ストリートと施設を訪問　　　（マニラのホテル泊）
　／28（木）　ＮＧＯ「バハイ・トゥルヤン」訪問　　※施設と青空教室を訪問　　　　　
　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（マニラのホテル泊）
　 ／29（金）　ノースウエスト航空　早朝　マニラ発　　午後　成田着　

●定員　8名（最少催行人数７名）　

詳しくは<a href="http://www.children-fn.org/mail.html" >こちら</a>へタイトルを“考える旅”として、お気軽にお尋ね下さい。]]>
      
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   <title>2007年12月発行のニュースレターより</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/2007/11/200712.html" />
   <id>tag:www.fukuneko-ya.org,2007:/cfn//3.136</id>
   
   <published>2007-11-25T06:47:28Z</published>
   <updated>2007-12-18T02:54:19Z</updated>
   
   <summary>11.24メキシコ・ストリートチルドレンと出会う旅・報告会に参加して 平田敬子 　静かな熱気を感じた３時間だった。報告会は初めてだったが、ストリートチルドレンを考える会との出会いは、昨年６月に遡る。同会が主催したチャリティライブで、知人のお嬢さんがアルパ（ハープ）を演奏するというので聴きに行った。そ...</summary>
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      <name>ストリートチルドレンを考える会</name>
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   </author>
         <category term="2) ニュースレターVuela" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="3) 出会う旅" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/">
      <![CDATA[11.24<strong>メキシコ・ストリートチルドレンと出会う旅・報告会に参加して</strong>
<img alt="houkokuki1.jpg" src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/houkokuki1.jpg" width="500" height="335" />

平田敬子
　静かな熱気を感じた３時間だった。報告会は初めてだったが、ストリートチルドレンを考える会との出会いは、昨年６月に遡る。同会が主催したチャリティライブで、知人のお嬢さんがアルパ（ハープ）を演奏するというので聴きに行った。そこで工藤律子さんにお目にかかり、知人を通じてご挨拶した。同じ杉並区にお住まいとお聞きし、初対面にも関わらず親近感を覚え、またこんなに華奢な女性のどこにあのようなエネルギーがあるのだろうと驚きの気持ちでお話したことを記憶している。同時に、工藤さんとはまたいつかどこかでお会いする機会があるのではないか、いや、そのような機会を作れるのではないか、という期待を持った。
　私は平成14年から、杉並区教育委員会の委託で「学校教育コーディネーター」として活動している。区立小中学校を支援するため、主に「総合的な学習の時間」で、教員の求めに応じ、学校と外部人材の橋渡しや、授業そのものの企画を提案するのが仕事だ。今や学力低下の原因かのように見られ風当たりも強い「総合」だが、教科にとらわれず、あるいは各教科を横断的に扱い、子ども自らが課題を見つけ、調べ、発表する授業は、やり方さえ工夫して取り組めば、大きな成果を得ることができると信じている。決められた教科書はない。教員は子どもの発達や興味に応じ、環境、福祉、国際理解、伝統文化など、様々なテーマで授業を組み立てる。その際に協力してくださるのが、地域のおとな（杉並区では「学校サポーター」と呼ぶ）だ。企業やNPO、その道のプロ、○○の達人もいれば、昔を語ってくれる古老もいる。経験豊富な方々に接し、子どもたちは教科書以外から多くのことを学ぶことができる。そのパイプ役
がコーディネーターだ。
　自分の紹介はここまでにして、本題に戻る。工藤さんとの再会はこの秋に実現した。私が担当する小学校の6年生が、「平和」をテーマに学習することになった。担任から相談を受けた私は、授業のゲストとして迷わず工藤さんを紹介した。「平和」を考える際、私たちは無意識に、その対極にある「戦争」を思い浮かべる。だが現代の小学6年生に戦争を実感することができるだろうか。また、戦争のない状態が果たして
「平和」なのだろうか。私のそんな思いは、担任も同じだった。こうして、工藤さんの小学校での授業が行われた。今回の報告会へのお誘いは、こうした経緯からだ。
　この日の報告者6名は、この旅で、濃密で貴重な経験をされたようだ。本を読んで得た知識と実際に現地を訪れて体験したことでは、理解に大きな差があるのは言うまでもないが、旅に参加した動機は様々であっても、皆さんのお話を伺って感じたのは、決して観察者として研究対象を見るような姿勢でそこに居たのではないということだった。同じ人間として、などという言い回しでは、私自身の見識が疑われそうだが、彼らがメキシコという国と、メキシコの人々に、実に真摯にひたむきに向き合っている様子は、「日本の若者、やるじゃない！」とでも言いたい感動を与えてくれた。
　メキシコの状況は悲惨だ。親から子へ、その次の世代へと、貧しさの連鎖には出口がないようにも思える。支援する人々の献身的な活動をもっても、現状から抜け出すことができるのは限られた人数でしかない。国民を充分に守れない国があるとき、世界はどんな行動をとればいいのだろう。子どもを宝物のように扱う国がある一方で、親から見離され、路上で必死に生きる子どもがいる。様々な社会問題を解決しようと政府は動いているのだろうが、その間にも多くの子どもが生まれ、成長し、大人になってゆく。すべての誕生が祝福され、慈しまれて育ち、夢も希望もある将来へと思いを馳せることのできる社会は、いつ訪れるのだろう。その国の経済力や国際競争力が向上すれば解決する問題なのだろうか。そう考えたとき、恐ろしい予感（未来図）が頭をよぎる。
　日本はどうなのだろう。工業製品に囲まれた豊かな先進国日本で、子ども、高齢者、働き盛りが自ら命を絶ち、若者が職に就けず、広がる経済格差は学歴格差を生み、行き場のない人々がネットカフェで寝起きする。でも社会は、この現実に向き合ってはいないように思える。そんな現実は「ない」と思い込もうとしているようにも見える。
「ない」のだから、対策も支援の必要もない。「ない」ことにされてしまっている現実、「いない」ことになっている弱者。大学4年の男子学生の報告は、強く印象に残った。もはや子どもの年齢ではない路上生活の青年に出会った彼が、日本の同世代とわが身を思って「鳥肌が立つ」程の恐怖を感じた、という感想を聞き、考えたくはないが、私の心に闇が広がっていくようだった。
　メキシコと日本を比べてもあまり意味はないのかもしれない。国の成り立ちや歴史、主義や制度の異なる二国の違いを論じて見えてくるものがあるとしたら別だが。でも、子どもはどうか。どんな国に住み、どんな環境で暮らしていようと、子どもには等しく幸せを求める権利があるはずだ。それは本来、親が、親がいなければ他の誰かが、大切に守って手渡してあげなければいけないものだ。
<img alt="houkokukai2.jpg" src="http://www.fukuneko-ya.org/cfn/mtimage/houkokukai2.jpg" width="500" height="335" />
　おとなとして子どもに、私も手渡すことができるだろうか。まずは伝えること。メキシコを旅した彼らの言葉を、次の誰かに伝えることから始めようと思う。報告してくださった皆さん、工藤さん、ありがとうございました。
　（ひらた　けいこ・杉並区学校教育コーディネーター）]]>
      
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